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創春館新聞 「さんぽみち」

 平成16年10月号

10月号 もくじ0

********** 今月のトピックス **********
富士たちばなクリニック感謝祭
今年も盛大に行われました
敬老の日ドライブに行って来ました
美味しい「茶巾しぼり」が出来ました
ポケット幼稚園のお遊戯会が行われました
通所リハビリでの「敬老会」
あかしあの里・わきあいあい便り
ゆめさき便り
今月のリハビリ敢闘賞
投稿作品
********* 名倉院長の健康豆知識 *********
思い出の一局
*********** 10月の行事予定 ***********
********* 編集後記【あしあと】 ********* 
   

富士たちばなクリニック感謝祭  今年も盛大に行われました

9月12日、年に一度の法人あげての感謝祭を創春館駐車場と一階フロアにて開催しました。
 当日は天候にも恵まれ、雲一つない快晴となり絶好のお祭り日和となりました(これもひとえに、参加者全員の日頃の行いが良い証拠です)。
 今回は、初の試みで屋外にステージを組み、ボランティア(総勢80名)の方を招き子供太鼓演奏・だんべい踊り・八木節の披露・ 男性職員によるダンス等、盛り沢山の内容でした。途中、 各部署のレクリエーションの時間に作ったお神輿五騎が威勢の良いかけ声とともに登場し、会場内を大暴れしながら練り歩きました。
 また、焼きそばやヨーヨー釣りなど10店の模擬店が開かれ、なかでも目玉は長野県・白馬村のケーキ屋さん(院長先生のご友人) から届いたケーキ販売でした。一つ100円という超特価に加え、とても美味しいとの評判から長蛇の列ができ、 300個用意されたケーキはあっという間に完売となりました。購入された方々からは、「とても美味しい」と喜びの声が上がっていました。 そして、利用者の方と前日から準備した手作りの味噌おでんも「美味しい」と評判でした。
 あっという間の3時間でしたが、皆様のおかげで事故もなく大盛況のうちに幕を閉じることができました。来館された方々も200人を超え、 「楽しくて病気のことを忘れることができた」「童心に帰って楽しむことができた」等、皆様からたくさんの喜びの声を聞くことができました。
 最後に、感謝祭にご来館下さったご家族の皆様、参加して下さった利用者の皆様、大変お疲れさまでした。またボランティアの皆様、 ありがとうございました。さて、来年はどんな感謝祭になることでしょうか?それまで楽しみにしていて下さい。

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敬老の日ドライブに行って来ました

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療養棟3階では、敬老の日を記念し、9月30日に入所者の方4名をお連れし敷島公園までドライブに出かけました。
 当日は、雨上がりということもあり少し風が強かったですが、 久しぶりの外出ということもあり参加された方々は風にも負けず元気に出発しました。敷島公園内を散策し全員で記念撮影をとり、 そして車の中で美味しいお茶とお菓子を楽しみました。中には、ドライブに行けなかった友達のためにと、 松ぼっくりをお土産に持ち帰る方もいらっしゃいました。
 これから寒い時期が近づき外出する機会も少なくなるため、参加された方々には大変貴重な一日となったと思います。 


 

美味しい「茶巾しぼり」が出来ました

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療養棟2階では、9月22日のおやつ作りの時間に敬老の日のお祝いとして「茶巾しぼり」を作りました。
 裏ごしされた2種類のさつま芋を使い、職員と一緒にたくさんの茶巾しぼりを一生懸命作りました。とても丁寧に形良く作られる方、 食べやすい大きさにと一口サイズに作られる方、欲張って大きな物を作られる方、 自分の分だけでは物足りず他の入所の方の分まで作られる方など皆さん各々に楽しまれたようでした。出来上がった茶巾しぼりは、 さっそく皆さんのお口の中へ・・・、各テーブルから「美味しいね」とたくさんの声が上がりました。
 当日は群馬大学の実習生の方々のお手伝いもあり、活気の溢れた楽しいおやつ作りの時間となりました。

 

 

ポケット幼稚園のお遊戯会が行われました

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 「こんにちは」というかわいらしい声が響きます。小さな合唱団ご一行様の登場に利用者さんの顔もほころびます。9月22日この日、 通所リハビリのフロア―ではポケット幼稚園のおゆうぎ会が催されました。 若々しくとっても元気な園児さんたちの歌あり、踊りあり、 クイズありと盛り沢山の発表に、いつもと違って利用者さんの笑顔も、終始やさしいまなざしへと変わっていました。そして、 園児さんたちから素敵な手作りの贈り物と「ずっと元気にいてね」とのメッセージに、利用者さんからは一段と盛大な感謝の拍手が起きました。
 帰り際、園児さんたちが握手をしにまわると、名残惜しくされる利用者さんの姿も見られ、短い時間でしたが、楽しい時間を過ごせました。

 

 

通所リハビリでの「敬老会」 

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9月15日、通所リハビリでは恒例の『敬老会』を開催しました。敬老という文字に違和感のある若い利用者さんが、 年々増えつつある通所リハビリですが、皆さん一緒に「敬老双六ゲーム」に参加して頂きました。サイコロの目にあわせ進んだ先では、 過去の体験談を話されたり、ミニゲームをやったり、進んだかと思えば戻ったりと、ゴールを目指して歓喜の声が響いていました。
 一方、おやつの時間には日頃の敬意を形にと、かりんとうと揚げおかきを用意したほか、その横には小さな一羽の折鶴、 そして婦長手書きの感謝のメッセージカードを添えて一人づつ盛り付け、一味違ったひとときを楽しんで頂きました。 スタッフ一同の心からのもてなしと、今後の健康への祈りを込めた贈り物でした。

 

 

あかしあの里・わきあいあい便り

グループホームIII  
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グループホームIIIでは、9月26日、 フラワーアレンジメントの先生をお招きし楽しい一時を過ごしました。
 200本近いバラを前に、入居者とスタッフから歓声が上がり、フロアーはたちまちバラの香りに包まれ別世界のようになってしまいました。 中にはバラの花に圧倒され手が出せないでいる入居者の方もいましたが、先生方のご指導のお陰で自由に活けることができ、 たちまち素晴らしい作品が出来上がりました。
 出来上がった作品は、自分の部屋に飾る方、自分のテーブルの前に飾る方等各自、様々に楽しまれました。 


グループホームI  
グループホームIでは、 9月22日、手作りのお弁当を持参し榛名町にある「ふるさと公園」へ出かけました。 当日は、 平日のせいか園内には親子連れもまばらで閑散としていました。 休憩場所には屋根もありテーブルや椅子も沢山あり食事をするのに不自由しませんでしたが、公園の周りが畑や桑畑のせいか時折、 畑独特の臭いが漂ってきました。それでも、手作りのお弁当を美味しそうに召し上がっていました。 昼食後は、 職員が付き添い個々に散策を楽しみ、最後に物産店にて「いちじく」を買って帰って来ました。買ってきた「いちじく」はワインで煮込み 「いちじくのコンポート」として翌日の昼の食卓に並べられ、前日の感想を話しながら美味しくいただきました。


グループホームII  
グループホームIIでは、 9月12日、天気は晴れ。 今日は入居者の方々全員が待ちに待った感謝祭当日。朝から皆さんそわそわと楽しみにしていました。
 午後1時より感謝祭が始まり、各々盛り沢山の余興や展示物、そして模擬店の品をたくさん食べ、 日常生活では見られないほどの笑顔を振りまき少年・少女のように輝かせた瞳がとても印象的でした。
 特に皆さん八木節に感動された様子で、夕食後もその話で盛り上がっており、いつもより遅くまで話をされていました。
 これからも日々の生活の中で入居者の方々の笑顔がたくさん見られるよう職員一同努力していきたいと思います。 


デイサービス  
デイサービスでは、 9月6日、8日、11日とおやつ持参でドライブに出かけました。 3日とも大室公園、子持村白井宿、敷島バラ園と行き先は異なりましたが、 全日とも天候に恵まれ、利用者の方々は各々散歩された後、美味しいお茶を召し上がることができました。 普段と変わらないおやつも外の景色を眺めながら召し上がるおやつはいつも以上に美味しそうでした。
 十月は紅葉狩りなどで外出の機会が増えてくるので、利用者の方々が喜んでいただけるような企画を考えていきたいと思います。

   

 

ゆめさき便り

デイサービス  
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デイサービスでは、 現在レクリエーションの時間に指先を使った工作をいくつか取り組んでいます。実用的な「杖入れ」 や女性に好評でお持ち帰りいただいた折り紙の「花瓶」、花瓶に飾る「ペーパーフラワー」などを作りました。特に 「ペーパーフラワー」は花びらの感じを出すのがとても難しく時間もかかりましたが、 完成した花はどれも個性的で綺麗に仕上がりました。
 また、懐かしい「紙鉄砲」「糸電話」作りでは、「昔作ったよ」と意気揚々と心弾ませながら作られる方、 「昔はもっと上手に作れたんだけどなぁ」と悪戦苦闘される方など思い思いに過ごされています。
 グループホームと合同で行った「敬老会」では、デイサービス利用の方々も大いに盛り上がり、仮装大会では「こうした方が良いんじゃない?」 「これをつけたら面白いよ」と積極的な意見も飛び交い汗をかきながら仮装を楽しんでいました。「早く出来上がった写真が見たい」 と終わってからも楽しい余韻が残っています。


グループホーム  
グループホームでは、 9月20日の敬老の日にデイサービス合同で敬老会を行いました。
当日は、車崎会の方々の歌を聞いたり、懐メロを一緒に唄ったりと楽しい時間を過ごすことができました。その後、仮装大会を行いました。 入居者の皆さんは学ラン、セーラー服、サンタクロース、スラダンスの衣装に・・・、男性が女性へ、女性が男性へと見事に変身! 最高の笑顔でルーム内を行進しました。最後に、最高の笑顔で記念撮影をし会は終了しました。 皆さんの普段見られない一面を垣間見れた気がします。

 

 

今月のリハビリ敢闘賞

今回のリハビリ敢闘賞は、嶋田和夫様です。
 「おはようございます!」嶋田さんの代名詞とも言える元気な挨拶で、周囲には活気が生まれます。 今春に五年利用者リハビリ表彰を受けられた嶋田さんを例えさせていただく言葉は"真の努力家"。来館直後から帰宅前の待ち時間まで、 歩行訓練を中心に熱心にリハビリに取り組んでいます。良い手の運動になるとレザークラフトも実施されていて、 こだわりの制作活動で作品を多数完成されているようです。(個展が開けそうですか?)
 館内で際立つ「ピンッ」と背筋の伸びた嶋田さんの躍動感溢れるお姿を励みにして、我々も頑張りたいと思います。
 


 

投稿作品

天保飢饉と忠治の劇盗   坂本 正之助

 天保4年(1833年)、長雨冷涼の不順から上州・赤城村から現勢多郡宮城村、大胡町、粕川村を含む36ヶ村に飢饉が起こり、 天明飢饉と同様に関東も例外ではなかった。特に上州では不作が続き、 天保七年には秋作が余曾有の凶作であったため食料に差し支え葛野老蕨などを掘り、あるいは木の実を拾って飢えるありさまであった。
 そして飢饉が最悪の状況になった天保8年(1837年)12月、その頃、縞の合羽に三度笠、 長脇差を腰に落し道中姿の旅人が桐生は新町に入ってきたのは、霜月は晦日に近い粉雪の降る宵であった。今、店を閉めたばかりの佐羽の本家・ 清右エ門の大戸で、内からどなたでと声に応じて旅人は「国定村の名代で参りました三木の文蔵と云う者でござんす。 ご主人様に取急ぎお目にかかりたい用件をもちまして夜分失礼さんでござんすが参上いたしました」 との挨拶で店の番頭が早速主人に取り次いだところ、 主人は忠治親分の名代とあっては無下にお断りする訳には行くまいと直ぐに潜り戸を開けて招じ入れるとご免なすってと店先に立ったのは紛れもなく国定の身分・ 三ツ木の文蔵であった。座敷へ通して主人・清右エ門が用件を伺うと文蔵は忠治の言葉を手短に伝えた。今年は近年稀の凶作に重ね、 この飢饉それに加え代官の年貢の取立てが厳しく近在百姓の難儀は深刻で歳の瀬を控えて餓えに泣く百姓共にたとえ僅かにせよ近郷分限の肋を借りて温かい救援の手を差し伸べたいと思い、 就いては突然の申し出で誠に申し訳ないお願いながら忠治の名において救済資金として金30両を借用したいとのことであった。現在であったら、 ヤクザ者がこの様なことで他人様の家を訪ねたら恐喝として直ぐに警察へ通報されるところだが、当時はこのようなことが罷り通ったのか、 それにしても国定忠治と云う人が民百姓に信頼されていたかが良く解ります。忠治のモットーとは「強気を挫き弱気を救う」、 これが忠治の極道誠心であり、これこそ世間に忠治親分の貫禄を知らしめた一因であった。
 さて余談となりますが、文蔵の借用の口上に、あまりにも突然でさすがの清右エ門も暫らく呆然としていたが、やがて席を立って奥から切餅、 25両包二つを持って来て「親分さんのご心情よく分かりました。少々ですが御用立て下さい」と文蔵の前に差し出した。 流石に悪びれもせぬ貫禄は桐生屈指の分限者・佐羽本家の主人としての持て成しであった。 文蔵は清右エ門に厚く礼を述べ赤城山に立て篭もる忠治親分のところに戻り、 忠治の他の乾分とかき集めた資金と文蔵の五拾両を飢民にどのように分け与えたかの忠治救済の美談は後程お話します。
  


    乃木将軍の美談をもう一つ
作家 半藤和利(文芸春秋七月号より)   橋本 利三

 この度、イラクでアメリカ兵のイラク人捕虜の虐待が報じられた。「日本ではどうだったんだろう?」と心配になるのではないだろうか?
 有名な「水師営の会見」の場面を見てみよう。会見が行われた日の前日、降伏条件の同意文章調印が済んでいる。当然、 結果としてステッセル以下のロシア軍将校878人、下士官兵2,3491人、海軍下士官兵8,956人が武器を引き渡して全員捕虜となった。 と思い込んでいたら、ロシアの戦史には「今後の戦争不参加を宣言して本国に帰還するか、または捕虜となることに同意した」と、 ちょっと首を傾げたくなることが書かれている。本国へ帰還するとは如何なることなりや (ちなみに日本各地に収容されたロシア人捕虜の総数は79,454名)。
 ところが、最近になってこの記載が間違いではないという面白い事実に遭遇したのである。すなわち、 乃木将軍が示した旅順開城の条件は十ヶ条あり、その九条にはこう記されている。「将校、官吏、義勇兵にして本戦争の終わるまで軍務につかず、 また日本軍の利益に反する行為をなさざるを宣誓するものは、本国へ帰すことを許す」、どうであろう?これには思わず「へぇ」 となるのではないだろうか?戦争はまだ終わっていないのである。いくら神に宣誓したところで、本国に帰ればもう自由である。 再び銃を取っても文句の良いようがないのである。もちろん、この条件は大本営を通じて明治天皇の承認を得ているのに決まっているから、 一人乃木だけの偉さというべきではなく、むしろ明治人の度量と気概のほどを知って驚くのである。
 また捕虜になった人々のその後の生活については、上毛新聞の明治38年7月26日の記事に載っている。
「延養寺(在高崎かもしれない)の捕虜将校ジヨミーン他三名は、一昨日外出して新紺屋町小幡写真館に至り、 日本の礼服すなわち羽織袴を着用して、鹿爪らしき撮影をなし狂喜して帰所したり。」前沢哲也『日露戦争と群馬県民』  こんな風に書き写していて、明治という時代の大らかさが気持良いものに思われるである。 ここにも侍魂というのか武士道ともいえる日本人の誇りある姿があるのではないでしょうか。

橋本様、坂本様、ご投稿ありがとうございました。
 


 

名倉院長の健康豆知識

思い出の一局 
 これは私が医者になって3、4年目の頃の話です。当時、 私は生活費の足しとして月に一度、埼玉県行田市の診療所までアルバイトに行っていました。 勤務時間は夕方の外来から翌朝までの当直という変則的なものでした。
 ある日、数人の患者さんが訪れるにすぎない夕方の外来も終わろうかという時間に、60歳代とおぼしき白鬆で、赤ら顔で、 人懐っこい笑顔を絶やさない小柄な男性が駆け込んできました。元気のいい声で「風邪をひいてしまったんだが、咳がなかなか止まらなくてね」 という話でした。よく話を聞いてみると、咳は数週間続き、体重減少も4、5キロあり、またタバコ歴も相当なものなので、 もう外来時間は過ぎていたのですが、念の為レントゲン写真を技師さんに頼んで撮ることにしました。 シャーカステンに並べられたレントゲン写真を見ながら「やはり普通の風邪みたいですね。特に問題はありませんよ」 とレントゲン写真から患者さんの方に向き直るその刹那、私の目に心臓の白い陰に隠れた円形の淡い陰影が飛び込んできました。 慌ててレントゲン写真に向き直った私は、「これはコインの病変だ」と思わず心の中で叫んでいました。よーく見てみますと、 心臓とは全く別のコイン状のシルエットがくっきりとその存在を示していました。 こんな状況で医者になって初めて見過ごしかねない肺癌の病変を見つけることができた。俺は早期にガンを見つけることができ、 患者さんを助けることができた。やっと一人前の医者になりつつあるんだと、妙に昂揚した気分で、「写真上怪しいところがあります。 私の知り合いの病院を紹介しますから受診して下さい」と患者さんに告げました。その後患者さんのことも忘れかけていた頃、突然、 紹介先の病院から返事が届き、患者さんの肺癌は既に身体の中心部に転移しており、 完治は望めず放射線治療による対症的治療しかないとのことでした。結局、 患者さんの命を救えなかったんだとなんともガックリと力が抜けるような気持でした。
 それから何ヶ月か経ったとある日、国立高崎病院より私に電話がありました。「先生、今、放射線治療でこちらにいるんだけど、 先生が囲碁をやると聞いたものだから、こちらで一局やりませんか。退屈しているんですよ」 という屈託のない明るい声が電話口で響いていました。例の肺癌の患者さんでした。早速、病院の一角で何局か時間の許す限りやりました。 それから、その患者さんとは何局位指したのか思い出せませんし、今となってはどっちが強かったのかも忘れました。 病院での治療も終わり行田に帰られた後は、私が月に一度、行田の診療所に行く度に、嬉しそうに碁の道具を持って勝負を挑まれました。 ある日のこと、「先生、もう脳に何ヶ所か転移していて、あと3ヵ月位の命と医者に告げられましたよ」と何気なく勝負の前に話されました。 勿論、死を覚悟した人との碁の勝負は初めてのことでした。何とも暗澹たる気持を胸に秘めながら、表面を取り繕っていました。あの時、 私は短期決戦を目指し、無謀なほど乱暴にあの方の大石を殺しにいきました。「今日の先生は厳しいですね」と笑いつつ、 あの方は私の防御のほころびをついて得意そうでした。あの時、私はあの方に勝ちを譲ったのか憶えていませんが、 満足そうな笑顔を見せながら去り行くあの人の後ろ姿に漂う何とも言いようのない悲しみは未だに良く憶えています。
 「胸部X線写真は、肺癌のスクリーニングとして有効か?」という設問に、 ほとんどの肺癌は胸部X線写真に発見された時点で既に進行癌であるため、胸部X線によるスクリーニングは臨床的転帰を変化させない。つまり、 そのことによってその人の命を救う訳ではないというのが、アメリカ医学界の一般的意見であるようです。 そうした意見を何とも実感させられるような患者さんとの邂逅と思い出なのです。
 


 

10月の行事予定

 

通所リハビリ
7日
民謡踊り教室
9日
藤寿流発表会
12・13日
運動会
18日
ちぎり絵教室
27・28・29日
誕生日会
療養棟2階
7日
斎藤先生の音楽教室
13日
運動会
14日
おやつ作り(お好み焼き)
27日
誕生日会
22日
敬老の日(おやつ作り)
   29日
誕生日会
療養棟3階
14日
買い物ツアー
14日
おやつ作り(お好み焼き)
21日
運動会
27日
音楽教室
28日
誕生日会
   31日
紅葉ドライブ
あかしあの里1
7日
ドライブ
8日
誕生日会
15日
リンゴ狩り
19日
カラオケ大会
25日
紅葉狩りドライブ
   26日
十三夜
あかしあの里2
2日
誕生日会
6日
茶話会
12~16日
ドライブ
18日
カラオケでランチ
27日
焼きいも大会
あかしあの里3
12日
外食ツアー
22日
クレープツアー
   31日
ハロウィーン
(仮装パーティー)
DSわきあいあい
13日
ドライブ
(群馬町コスモス畑)
   29日
紅葉狩りドライブ
GHゆめさき
5日
生け花教室
10日
ミニ運動会
11日
家族会と旅行
23日
音楽ボランティア
   27日
散髪ボランティア
ゆめさきDS
11日
運動会
14・15日
リンゴ狩り
18・19・23日
紅葉狩りドライブ
29日
誕生日会


 
 

 

 

編集後記

さんぽみち10月号、いかがだったでしょうか?10月に入り、少し肌寒くなってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 10月といえば、紅葉が綺麗になる季節です。紅葉ドライブが楽しめる季節です。また、運動会などスポーツの季節です。 皆様も適度な運動をして丈夫な体を作りましょう。そして、何といっても食べ物が美味しい季節です。どこ何処の何が美味しかったなど、 美味しい情報があったらぜひ教えてくださいね。
 夏から秋に季節も変わり、これから朝晩と少し冷え込んできます。皆様、風邪など引かないよう気をつけてください。
                         《広報委員 小林》