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創春館新聞 「さんぽみち」

 さんぽみち6月号

さんぽみち6月号 目次

 

・五月一日、春らんらんオープン!

・高柳の棚田支援!

・今月の事業所便り

・院長先生の健康豆知識

・吾輩はジータである

・文芸作品

・今月の行事予定

・投稿コラム

・新人紹介

・編集後記

 

春らんらん、いよいよオープンです!

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 先月号で紹介させていただいた春らんらんが、五月一日に開設いたしました。これも皆様方の多大なる御協力があっての事と感謝しています。認知症対応型共同生活介護と小規模多機能型居宅介護として、地域社会に貢献できる介護支援を行っていきたいと思います。具体的には、グループホーム、並びに小規模多機能ホーム(通いを中心に、必要に応じて泊まり、訪問を組み合わせて利用できる在宅介護サービスで登録制のご利用となります。)
 現在、グループホームと小規模の利用者さんと共同で催しものなどを行い、皆様楽しく過ごされています。これからも宜しくお願い致します。

 

高柳の棚田支援!田植祭にいってきました。

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 新潟県の豪雪地帯に、高柳と言う場所があります。そこは柏崎市の南にある山間部で五月なのに残雪があるような所です。そこでは、古くから棚田を耕作していましたが、過疎化が進み、現在では昔の面影がないくらいに寂れてしまい、棚田が荒れ地になっていました。その棚田を保存復活するNPO法人があります。当医療法人も社会貢献の為にこの棚田支援に協力する事となり、五月二十九日に、田植祭に事務長初め、有志が参加してまいりました。
 棚田ですから、機械は使わずに、手で苗を植えて行きます。植え方は、田んぼにます目が刻まれていて、十字になったところに、苗を指で挿しながら植えて行きます。腰の痛くなる作業でしたが、秋の収穫祭が楽しみです。

 

今月の事業所便り

デイサービスわきあいあい  新緑のドライブツアー

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 デイサービスわきあいあいでは、五月二十日に外食ツアーとして、渋川の子持庵にお蕎麦を食べに行ってきました。利用者の皆様、美味しそうにお蕎麦を召し上がられていました。帰りに伊香保方面へドライブし、新緑やつつじ、ポピー等の景色を楽しみました。「美味しかったし、きれいな景色を見られてうれしかったよ」とお褒めの言葉を頂戴しました。今後も、利用者様に喜んでいただけるような行事を企画したいと思います。

 

療養棟二階  みんなで作った五目いなり!

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 療養棟二階では手作りで、五目いなり寿司を作りました。ご飯に寿司酢をかけて、錦糸たまごや椎茸などの具をしゃもじで混ぜて、油揚げの中に手際良く入れていました。油揚げをひっくりかえして入れたり「こうしたほうが見た目がいいよ」「この量が食べるのには丁度いいかな」など手の動きだけなく、色々な工夫の意見も聞かれました。三つ四つと召し上がられる方もいて「とてもおいしかった」「今日はたくさん食べた」と笑顔も見られ満足された様子でした。M瀬さんO原さん頑張りましょう!次回も利用者様の手伝いに期待し喜んで頂ける企画にしたいです。

 

クリニック通所リハビリ  手作りカーネーションで母の日

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 クリニック通所リハビリでは、母の日に合わせお花紙と折り紙を使ってカーネーションを作り、女性の利用者様全員にプレゼントしました。利用者様からは「このお花きれいだね」「母の日なんてずいぶん貰ってないから忘れてたよ」という声が聞かれ、リハビリスタッフの角田君や加藤君などから「そんな花よりいくらか年期の入った花の方がきれいですよ!」との声もあり、喜んで頂きました。いくつになっても母は母ですよね。男性利用者の皆様は、今月の父の日も楽しみにしていて下さい。

 

星辰の家 美味しい、いちご狩りツアー

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 星辰の家では、五月十六日~十九日にかけて、いちご狩りに行ってきました。いちごの時期が少し遅かったのでいちごが、まだ残っているのか心配でしたが、いざハウスの中に入ってみると真っ赤でとてもおいしそうないちごが、たわわに実っていました。いちごを見た利用者様は、「すごくおいしそうだね。」「いっぱいなっているね。」と嬉しそうな声がたくさん聞こえてきました。いちごを口の中にたくさん頬ばる方や、ゆっくりと味わって食べる方、お盆に山盛りに取ってきて食べる方など皆様お腹一杯食べて満足そうでした。おいしいいちごを食べて楽しんで頂き、また一つ良い思い出ができました。

 

あかしあの里Ⅱ  バラの香りに包まれて

 

 五月二五日の快晴の中、グループホームあかしあの里Ⅱでは、恒例の敷島バラ園見学に行って参りました。色鮮やかな沢山のバラと香に包まれ、利用者様は終始歓声をあげていました。あまりのバラの美しさに魅了され、「いろんな色があるんだね」「また行きたいね」と、ホームに戻ってからも会話が尽きることはありませんでした。そして、「来月は紫陽花を見に行きたいね!」という希望まで出るほどでした。外出する事で心身の良いリフレッシュになったようでした。

 

あかしあの里Ⅲ  いくつになっても母の日です

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 あかしあの里Ⅲでは、五月八日に母の日のお祝いをしました。スタッフからお祝いの言葉を言われると、「恥ずかしいわね。」「母というよりは、おばあちゃんの日よ。」との返事がありました。それでもスタッフからお祝いの箸をプレゼントされると、満面の笑みで写真撮影に応じてくださいました。昼食は豪華な海鮮ちらし寿司をいただき、満足いただけたと思います。

 

デイサービスゆめさき  赤城神社へつつじドライブ

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 デイサービスセンターゆめさきでは、五月十九日、二十日と三夜沢の赤城神社へ、つつじドライブに行きました。五月上旬に予定していましたが、天候とつつじの咲き具合で延期してのドライブ。つつじも満開で、つつじ並木の近くに車を停めて、休憩しながらお茶を一杯。青空の下でお茶を飲みながら、皆さんで一緒に歌も歌い、楽しい時間が過ごせました。

 

春らんらん  うどん作り

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 春らんらんでは、五月三十一日に手打ちうどん作りを開催いたしました。午前中に粉などを混ぜて生地を作ったら、皆様に生地を踏んで頂きました。繰り返すこと六回。もち肌のような生地が完成。休憩がてら一時間ほど生地を寝かせて熟成。午後には寝かせた生地を丸棒に巻いて伸ばし、適度な厚さになるまで伸ばし、切って完成。切ったうどんを茹で、人参、長ネギ、しいたけなどの野菜と一緒に煮込んでおやつの時間に皆様に召し上がって頂きました。皆様、朝から頑張って作ったうどんなのでとてもおいしいと言って召し上がっていらっしゃいました。

 

明月  子供に戻った日

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 五月五日という事で、子供の日にちなんだ昼食を考えていたところ、男性利用者の方からお刺身を使った料理というリクエストがあり、一生懸命作ってみましたところ、あちこちからこれは美味しいという声が挙がり、いつも以上に食が進み。満足そうなご様子でした。子供の日と言うと、「兜」なのでしょうね。昔のチャンバラごっこを思い出されたようにキメ顔で写真を撮られ、子供に戻ったようなご様子でした。

 

ケアセンター朱咲  けやきウォ―クへお買い物

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 朱咲の家では二十三日に、けやきウォークへお買い物ツアーに行ってきました。皆様、車の中では「何があるのかしら??」と楽しそうに会話を弾ませていました。店内に入ると「人が多いね」「美味しい物が買いたいね」と目を輝かせていました。皆様の話し合いの結果、甘い物を販売するお店がたくさんある場所へ行き、中でもバームクーヘンのお店の前で立ち止まり「ここにしよう!!」と、皆様の意見が一致したお店を見ることに決まりました。色々な種類を買い「早く食べたいね」と話しながら朱咲へと戻りました。

「外に出るのはいいね♪」との声が聞かれ、また楽しいお買い物ツアーを企画したいと思います。
 

GHしらさぎ  つつじもいいけど・・・

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 しらさぎでは十七日に、赤城のつつじを見に手作りのお弁当を持って出かけました。しかし、残念ながら途中雨天になってしまい、車中の観賞になってしまいました。それでも、満開のつつじを見て『綺麗だね』と、とても喜ばれていました。また、大胡ぐりーんふらわー牧場で、とても甘くておいしいソフトクリームを食べてきました。二十五日には赤堀菖蒲園に行って来ました。ちらほらと咲き始めた菖蒲と、新緑の木々に元気をもらい、帰りには回転寿司でお腹いっぱいお寿司を食べてきました。

 

あかしあの里Ⅰ  みんなで釜飯

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 あかしあの里Ⅰでは、五月二十四日にみんなで釜飯を食べました。「こんなハイカラなの初めてだよ!」と、普段とは一風変わった器に少々戸惑っていたようですが、釜から直接召し上がる方、お椀によそってお上品に召し上がる方、それぞれの食べ方で美味しく召し上がったようでした。いくつになっても美味しく楽しく食事が召し上がれるように、メニューや食器を工夫していきたいなぁと思いました。

 

療養棟3階  日頃の感謝の気持ちを込めて

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 療養棟三階では十二日に母の日の会を行いました。代表の方にお花をプレゼントし、職員から日頃の感謝の気持ちを込めて、“感謝カード”を贈呈しました。利用者様からは「こんなのもらえるとは思わなかったよ」と感動されていました。その後ビンゴゲームを行い、三つの大当たりを賭けて皆さん盛り上がり、ドキドキ、ワクワクされていて、当たった方は、大喜びされていました。私も実家を離れて一人暮しをしているので、今までの感謝の気持ちを自分の母に伝えたいと思いました。

 

涼風の家  倉渕中の体験学習

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 地元倉渕中学校の生徒さんが体験学習にいらっしゃいました。たどたどしい手つきながらも、一生懸命に入居者の皆様とかかわる姿はまるで五月の風のようにさわやかで、入居者の皆様も嬉しそうでした。最終日にはみんなでバーベキューを行い、さらに交流を深めることができました。三日間という短い時間でしたが、この体験が生徒さんの今後の糧になれたら嬉しく思います。

 

 

GHゆめさき  ピクニックin大室公園
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 GHゆめさきでは、五月十八日に大室公園へ出掛けました。当日は大変天気も良くさわやかな五月晴れとなり、沢山の季節の花々を観賞することができました。公園内では、美味しいお弁当を食べたり散策したりと、皆様楽しまれ汗ばむ陽気の中、お楽しみのアイスを「美味しいね~。」と皆様大喜びで召し上がっていました。天気にも恵まれ、最高のピクニックを満喫する事が出来ました。これからも皆様に喜んで頂けるツアーを企画していきたいと思います。

 

 

通所リハビリ  一日遅れの母の日、プレゼントはふきのとう
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 通所リハビリでは五月九日に一日遅れの母の日のお祝いをしました。
テーブルにはカーネーション代りに、新潟の山の花をかざりました。会の始まりは諸田師長の母の日の思い出話、そしてテーブルの上のスギナを使って、幼い日の遊びを楽しんでいただきました。「スギナ♬ぼこぼこ♩どこついだ!!♪♪」のかけ声に合せて、スギナのどこをついだかをあててもらうのです。「ここついだ!!」ついだ人がうまいのか、ピタリとあてるのはむずかしいご様子でしたが、わずかな時間童心に返っていただくことができました。その後、身近な生活に関するクイズ、そして肩たたきの歌に合わせて、利用者様の肩や背中をやさしくたたいて、リハビリの疲れをいやしていただきました。母の日のプレゼントは師長が畦道で採って来たふきのとうにしました。わずか数個のふきのとうを大事に持ち帰って下さる方が多く、ほのぼのとする場面でした。後日「おやき作ったよ」「香りが違ったよ」と言って下さる方がいて、さらにうれしいことでした。
 
 
 
院長先生の健康豆知識
 「細胞が求めているもの」
 
 「夜間トイレの回数が多くて困る」と受診される方がいます。日常生活を詳しく聞いてみると、「脳梗塞の予防に一日一リットルの水を飲むのがいい」というのをテレビで見て、一リットルは飲むように心がけています。いまだにこんなとんでもない俗説が力を持っているのかと驚きますが、そういう訳もわからない説を、マスコミによく登場する医学部教授が言っているのですから、そんな説を信じる人がいるのも無理はないのかもしれません。 
 最近のマスコミ報道の特徴は、何とか人々の「耳目をそばだてる」ことにあるわけで、決してマスコミが使命とすべき正しいことを報道しようとしているわけではありません。たとえ間違ったことでも、それが直接的な被害にならない限り、視聴率を稼ぎ、出版物が売れるならそれに越したことはないという理屈です。たとえばインフルエンザや原子力事故にしても、考えうる危険性と、それに対する対処方法を簡潔にして報道すればすむものを、滅多に起こり得ない危険性を針小棒大にセンセーショナルに煽り立てるものですから、マスコミ報道を見る人達は不安を煽られ、そうした見出しの報道を見ることになる(=視聴率が上がる)という、報道する者にとっては、願ってもない循環が出来上がるのです。「一リットルの水」にしてもそうで、水なんか飲んでも脳梗塞は防げないとしたら、話題になりようがないのです。大量の水が脳梗塞の予防になるという嘘は、ちょっとした身の周りの事実を見れば見破られます。砂漠を横断する隊商や、水不足で悩む地域の人たちが、脳梗塞でバタバタ倒れる、なんてのは聞いたことがありませんし、周囲の長命の方々が、毎日たくさんの水を飲んでいるわけでもありません。ときどき、医者でも広い視野で医療を見ることが出来ず、専門に偏りすぎているため、とんでもない事をいう人や、マスコミ受けすれば何でも言ってのける人がいますから、注意しなければなりません。
 私たちの体が無数の細胞の営みからなっており、そうした細胞にとって、最適な環境というのはどういう環境のことだろうと考えてみてください。それはもろに細胞が外に露出したナメクジやミミズのことを考えることにつながります。ときどき道路に干からびたミミズを発見し、どうして外に出てきたのかと思いますが、ある説によると雨が降った地中は酸素不足になるためだそうです。いずれにせよ、細胞から水が蒸発し、干からびたわけです。また田舎の家で浴室のタイルの上をヌメヌメと這いまわるナメクジに、たくさんの塩をかけて、どんどん萎んで小さくなる姿を、サディスティックに眺めていたことがありますが、これなどもナメクジの細胞から塩のほうへ水が奪われていく姿です。塩が砂糖に変わっても同じことになります。反対にミミズやナメクジをきれいな水に浸した状態にしておくとどうなるか想像してみますと、たぶんそれらの細胞は、必死になって周りから侵入してくる水を排出しようとエネルギーを使いますが、エネルギーがなくなると共に水であふれかえった細胞は死を迎えるでしょう。ナメクジやミミズが求めているのは適度な水や電解質を含んだ泥水なのです。求めている環境は自分たちの細胞に最も適した浸透圧と言ったほうが正確でしょう。
 細胞で構成される人間の体の器官も、そうした浸透圧を維持するために働いているといってもいいでしょう。そしてそれらの浸透圧を維持する活動は、無意識のうちに自動的に行われます。ラーメンの汁をしっかり食べたときは、ナメクジに塩をかけた時と同じで水が欲しくなりますし、大量の汗をかいた時には塩や水がほしくなるようになっています。また、糖分は浸透圧を高める大きな要因であるため、高血糖の人は水が飲みたくなります。これらはすべて人間の自動的な営みですが、睡眠時にはこうした営みが最も適切、活発に行われる時と言ってもいいかもしれません。全身に貯えられた余分な水が血液に紛れ込む時には、しっかり尿として排泄します。したがって夜間トイレの回数と量が多くて困っている方は、ぜひ、日中水分の摂りすぎがないかどうかチェックしてください。糖尿病でない限り、それはあくまで水分の取りすぎによる正常な現象だと理解してください。
 そして夜間頻回にトイレに行きたくなるが、一回の量が少ない人は正常な浸透圧の状態ではなく膀胱炎、前立腺肥大そして過活動性膀胱という尿路の疾患が考えられますので、受診してください。改善が見込まれます。
 私たちの身体は、干からびないように工夫され進化してきたのですが、大元の細胞が求めているものはミミズやナメクジと何等変わりはなく、各器官が共同して塩や糖分をたして水等を調節して浸透圧を維持し、細胞を守っているのです。
 
 
 
 吾輩はジータである
   ―そしてまた貴方に恋してる―   東郷 彦四郎
 
     第四章 初デート
 
 一九四二年(昭和十七年)三月、午前一一時頃。戦時下の重苦しい空気の中、真一とリンさんは初めて出会った。上野駅正面改札口から約二十m程手前の駅構内雑踏の中。真一十九、リンさん十七歳の時。リンさんは、今は跡形もない、伊香保と前橋をつなぐ東武伊香保軌道線という路面(チンチン)電車に大師駅から乗り、鯉里橋や十軒小路、細ヶ沢等、今では聞く事もない前橋市内の風情のある名前の駅を通り過ぎ、前橋駅に着き、そこから両毛線で高崎へ、高崎線で上野駅へと約四時間もかかる旅じゃった、真一は午後遅く呉から直通の急行「さくら」に乗り、東京に着いたのは翌日の朝九時という、今では地球の裏側にまで行ける程の時間の旅で、蒸気機関車が息せき切って客車を引っぱり、トンネルでは窓を閉め忘れると顔がススで真っ黒になってしまうという時代の旅じゃった。
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(お互い交換した写真の)魅力がこんな大それた旅を可能にしたんじゃが、写真や手紙と実物では大違いの事でもあり、二人共それなりの不安を持って会いに出かけたんじゃ。身長一五〇㎝と当時としてはごく標準的な背丈を裾の長いベージュ色のワンピースで包み、白の細いベルトが、くびれた胴からふくよかな腰まわりのラインを演出し、くるっとまるめられたツヤツヤした黒髪が丸顔で色白、そして愛らしい瞳の顔と絶妙のコントラストをなしている。そんなリンさんを見て、真一は生まれて初めて経験する男の感動に「やったあ!」と思わず心の中で叫び、そこから発せられる全身の躍動感とキラッと輝く目の光を浴び、リンさんは「ああ私の事を好ましく思ってくれたんだ」と、会えばがっかりされるんじゃないかという不安が溶けていき、同時にいくらか猫背でやせ型ではあるが、服に隠れたがっしりした胸板の男らしさと、長旅にも関わらず胸元からのぞかれる白いシャツから漂う清潔感にいくらか酔ったような変な気分になったんじゃ。
「この鈴をありがとう」と涼しげで、いたずらっぽい笑顔に、心がなごむのを感じながら「はい」と伏目がちながらもくっきりした瞳を真っすぐ真一に向けるリン。「あっちの方へ行きましょう」と構内の片隅へ移動する真一とその後を無言で付いていくリン。
「こんなに人が多い都会はお祭りのようですね、人が多くて、僕達がこうして話をしていても白い目で見られないのは気楽でいいですが、やはり二人並んで歩くのは恥ずかしいので、リンさん私の後ろをつかず離れずといった感じで歩いて下さい。そして誰か見とがめるような人がいたら、『お兄ちゃん』と声をかけて下さい。そうすれば、私は『リン』と呼び捨てにしますので許して下さいね。」そうして二人は駅構内を出て誰もが知っている西郷さんの銅像へ向かったのじゃ。真一の背にはリュックサックが、リンは両手で大きな風呂敷包みを抱えていた。当時の上野は、今のようにビルに包まれた街ではなく、あちこちに空地や草地が広がり、夜になると木立の間を沢山のこうもりが飛び交う、そんな所じゃった。真一は銅像については前もって調べていた。
「西郷さんの連れている犬の名前は『ツン』と言ってね、兎狩りに出かける姿と言われているが、西郷さんの奥さんは除幕式で『うちの主人はこんな浴衣姿を人前にさらすような人じゃありませんし、顔もあんなに大きくありません』と言って腰を抜かしたそうだよ」と自慢げに楽しそうに説明する真一。少し離れて真一の話を聞きもらすまいと真剣な面持ちで銅像を見上げるリン。しばらくして、人影もまばらな銅像から美術館への道を歩き、その傍の木立を抜けると精養軒の広い庭に行き着いた。そしてそこで縁のトタンに白字でアイスクリームと書かれた看板の立てかけられた、わら屋根のあずま屋を見つけたんじゃ。
「あそこで少し休みましょう、アイスクリームなんて久しく食べてないです。店の人が来たら兄妹のふりをして『リン何を食べる?』とお兄さんの様に言いますから『お兄ちゃん 私…』と返事して下さいね。」と真剣な表情の真一に、リン少し笑いそうになる。それなりの年令と思えるが、小柄ながらしっかりとした胸のラインが色気を感じさせる女性店員(通所リハビリのK野里子さんだ!)「何になさいますか?」とよく透るきれいな声で二人に近づく。「リン何にする」と大きな声で言われたものだから、思はず「アンニャ オレ、シャッコイ 水ソーダ」と新潟弁で応えるリン。「シャッコイ 水ソーダはありませんが?」と店員。「いえ、あの冷たい水ソーダという意味です」と顔を赤らめるリン。
 それからお互いの山口弁と新潟弁の話で盛り上がり、注文した水ソーダとアイスクリームが運ばれてくる。冬の名残りと春の到来を予感させるひんやりとした木々に囲まれたあずま屋の中で、二人は手紙では書ききれなかった色々な情報を交換し合った。真一が野球というスポーツに夢中だったが戦争で断念せざるを得なかった事。海軍での水泳や相撲、カッター競技や銃剣術そして行軍などの訓練の日々。それらは全てリンには初めて耳にする話じゃった。またリンが語る雪深い山里の生活は雪などめったに降らない山口に育った真一には想像もつかない話じゃった。リンさんは数々の武勇伝をおもしろおかしく話す真一に心もすっかり打ち解けたし、真一は言葉数は少ないが、苦労を明るくじっと乗り越えてきたリンさんの芯の強さを愛くるしいと感じた。
およそ一時間ばかり話をしていただろうか、真一はリンを昼食に誘った。店を出てしばらくして、「あのう・・・」後ろを振り向く真一、「おにぎりを作ってきたんですけど・・・」と恥ずかしげに風呂敷包みを差し出すリン。「なあんだ おにぎりだったんですか、何だろうとは思っていたんですが、聞くと悪いような気がして・・・」これから恋をしようかという孫達諸君、男は手作りのおにぎりに弱いという事を忘れめさるな。おにぎりは男のロマンを燃え上がらせるアイテムじゃ。何でもない女の子が、おにぎりを差し出した途端、その娘は家庭的で思いやりにあふれた母の様な天使になる。そんなに朝早くからおにぎりを作って持ってくるなんてと、真一はリンの優しさと機転に感激してしまった。
 「あそこのベンチで食べましょう」とベンチに坐る二人。真一用に大きめのおにぎりが三つ、リンには小ぶりなおにぎり二つ、二つかみ程の漬物が木箱に詰め込まれていた。「お茶がないのは残念ですが、やはりあの店でおにぎりを食べるのは恥ずかしいですね。」ニコニコ笑いながらうなずくリン。木漏れ日がチラチラとベンチでおにぎりを頬ばる二人を照らす午後の上野公園、そこには戦争とは別世界の初恋の世界があった。しかし、二人の時間はそんなに多くはとれなかった。真一は翌日の午前中には兵舎に戻らねばならなかったし、リンさんはすくなくとも夜の八時迄には家に帰るとおばさんに告げていた。
 駅へ向かう途中、油揚げや焼きのりなどの食料品を並べた露天が連なり、行商人達が忙しげに歩いている。そんな通りを歩いていた時、「いよぉっ二人さん、これからどちらへおでかけで?若い二人は目の毒ですぜ。」といやらしげな声音で二人にからんでくる露天の青年。大柄で若者には似つかわしくないでっぷりしたお腹と、肉の為に細くなった意外にもやさしそうな目、明月H林君だ!!真一の少し後ろを歩いていたリン思わず「真一さん!」と呼びかけてしまい、頬を赤らめる。名前を呼ばれた真一、何とも表現できない喜びがじわじわと全身に広がる。いやらしい店員をかわし、リンさんさりげなく真一に近づき「名前を呼んでしまってすいません。」、にんまりとうなずく真一。別れの場所は上野駅高崎線プラットホーム。離れがたい気持ちを抑えるのに必死の真一じゃったが、同時に絶対にもう一度、否何度でもリンに会いに来ると心に決めていた。リンさんはまた会いたいと思ったが、比較的冷静じゃった。八時迄には帰れるかしらと気がかりじゃった。「このハンカチ受けとって下さい。そして泣きたくなる程悲しいことがあったら、このハンカチで涙をふいて私からの励ましだと思って元気を出して下さいね。」と汽車の去り際ハンカチをリンに渡す。動き出した汽車の中でハンカチを見つめていた時、香水の匂いがほのかに漂ってきた。海軍では、外出の際香水をつけるのが軍人のたしなみとして慣行となっていたが、リンがその事を知るのは後の事で、ハンカチから漂う香水の香りは、不思議な出来事として心に残ったのである。可愛い孫達よ、恋する気持ちを忘れないでおくれ。恋する気持は「いのち」そのものじゃ。「いのち」を感じながら眠るのじゃ。ジータはいつも見つめてる。
 
 
 
文芸作品
 初夏の山 棚田の里の 田植歌
      幼き声も 交りて嬉々と
 
 大空に 羽を広げて 舞う鳥も 
    青空吸って 群れて羽ばたく
           高橋 三佐男様
 
 創春館 卒業なしの いいところ
           藤林 秀夫様
 
 あんたはね へたな俳句 自慢する
           鈴木 總平様
 
 
 紫陽花の にほいは何か 美しい
 庭の土  蓮華草の花  きれいだよ
           小竹 喜代子様
 
 ガス栓よし 戸締りよしと あの頃は
       妻と二人の 小さき旅路
 
 いずれ又 来ますと墓に 告げたれど
       父母兄よ 遠き故郷
           影山 えいじ様
 
 傘寿で ゆったり聞きし 初音かな
           柳澤 照子様
 
 
 
今月の行事予定
 ☆療養棟三階☆
 9日 買い物ツアー
16日 父の日&おやつ作り
30日 お誕生日会
 
☆療養棟二階☆
 9日 買い物ツアー
16日 父の日
22日 おやつ作り
29日 お誕生日会
 
☆朱咲の家☆
 18日 お誕生日会
日にち検討中 外食レク
 
☆星辰の家☆
 6日 お誕生日会
22日~25日 あじさい観賞会
 
☆DS・GH明月☆
DS・GH合同
 3日 慰問プラネタリウム
20日 父の日
26日 餅つき大会
 DS      GH
 お誕生日会   外食ツアー
 ドライブ    ドライブ
 
☆GHしらさぎ☆
 8日 おやつ作り
中旬 ウインドウショッピング第4弾
   太田イオンへ
22日  夏至当日に涼を求めて水羊羹作り
下旬 明月足湯ツアー、榛名湖ドライブ
 
☆春らんらん☆
27~30日 ピクニック
 
☆DSゆめさき☆
 6/1 フラサークル リノ 慰問
6/2    ブッチーライブ
6/6~6/11 七夕作品作成
6/13~6/15 おやつ作り
6/16~6/18 映画上映会
6/20    原東カラオケ 慰問
6/21    軽スポーツクラブ
6/20~6/23 父の日のイベント
6/24    誕生日会
※あじさいドライブは咲き具合により実施。
 
☆GHゆめさき☆
 5日  誕生日会
 9日  バラ園見学
19日  家族会&外出(藤岡)
 
☆あかしあの里Ⅱ☆
 4日 お誕生日会
中旬 おやつ作り
下旬 紫陽花見学&外食予定
 
☆あかしあの里Ⅲ☆
 3日 手作りおやつ
 7日 外食
13日 お誕生日会
 
☆通所リハビリ☆
 4日 アロハエンジェルス
 7日 南橘ハーモニカクラブ演奏会
13日 絹の会
18日 父の日
20日・23日・25日 お誕生日会
30日 光友会
 
☆わきあいあい☆
 4日 お誕生日会
10日 おやつ作り
22・23日 父の日のイベント
 
☆涼風の家☆
 1日 釣り堀にてマス釣り・BBQ
14日 おやつ作り(蒸しケーキ)
 
☆あかしあの里Ⅰ☆
 14日 バラ園ドライブ
 16日 誕生日会
 
 
 
投稿コラム
 「忠治の謎が勘助殺し」
 
 義理が絡んで自を切る運命、当世の義理の悲しさに産みの親より尚優る育ての親の勘助を、なんの因果で首を取る羽目に、この経緯は勘助と浅太郎とは伯父、甥の間柄であり、忠治が老海床の騒動で屋根上にいる忠治に向って御用だ、神妙にしろそれに付け加え役人衆に、裏に手くばりが無いから裏を手配しろと云ったのを、忠治は誠に聴き入れ、「勘助十年前の恩を忘れたか恩をあだで返すとは、何事だ」と云いながら、忠治が裏を見ると捕手衆の手配がないので裏から飛び降りて赤城の山へ真しぐらと忠治は無事に赤城の山に戻ったが、浅太郎の謎が解ず最速浅太郎を呼び「浅、手前今日俺が老海床に行った事を勘助に仕組んだんだろう」といわれた浅太郎は、その悔しさに二心のねえ証をつけようと、時は天保十三年八月十九日の九時頃 赤城山から三室の勘助の在所に足早に向かった。
 勘助の在所に着いたのが十一時を過ぎた頃である。浅太郎は勘助の家の表の開き戸に手を掛けて「今晩は」と声を掛けると勘助はまだ寝ておらず、勘助が誰だと云うのに浅太郎でござんす「何に浅か、戸締りはないから早く中に入れ」と勘助が呼び込んだ。「叔父ご、久しぶりでござんす。達者でなによりです」と勘助に言うと勘助「浅テメエ、良く山を下りられたな」囲炉裏端で一杯やりながら、まあ早く上がれと声を掛けた。浅太郎は「ええ」と言って上がり、框に腰を下ろした。浅太郎は「勘坊は寝たんですかい」と尋ねると、勘助は「うんん今寝たところだ、今日は捕物があって若い者にご苦労させたので、小遣いを皆に渡し町に遊びにやったところだ」と、浅太郎「それはご苦労さまでした」と述べると、勘助が「ところで親分は無事に山へ戻れたか」と云うと、浅太郎は「叔父ご、お前さんそれを本気で言いなさるんですかい」と尋ねると、勘助は「テメエ、今夜はどうかしているな。
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 テメエ今夜忠治親分に追い出されて来たんだろう。浅、もうあんな落ち目の親分処にいつまでもいることはねえ、山から下りて堅気の暮らしでもしたらどうだ。」と云い、浅太郎叔父ご儂もそのつもりで勘助「まあ一杯つけるから、今晩ゆっくりして行くがいい」と酒を取りに立ち上がったところ、浅太郎はここだとばかり腰の一刀を抜き、叔父ご許してくれと云いながら勘助の首に切りつけた。その時切りつかれた勘助は「焦るな待て、俺の云うことを聞いてくれ、忠治親分は、今日俺が云った謎が解けなかったのか、さすが落ち目の親分だが残念でならぬ。俺が今日老海床の屋根で逃げ場のない忠治親分を見て、捕手達に裏に手配りがないから裏に廻れと言ったのは、親分に裏に誰もいないから裏から逃げろと言った、謎だったのだ、その謎が仇になるとは思わなかった。親分が山に戻ったらきっと誰かをよこすだろうと思ったが、まさか血を分けた甥のテメェを殺しによこすと思わなかった。」浅太郎は「叔父ご、許して下せえ。申し訳ねえ成仏しておくんなせえ。」と手を合わせて勘助の首を取り、晒に巻いて腰に下げ、寝ていた勘坊を背負って、赤城山に立て篭もっている忠治親分の処を目指して足早に出て行った。
浅太郎が勘助の首を指し出してからの忠治の動向はどうなるのか、後のさんぽみちにて。
 
 
 
 
編集後記
 六月のさんぽみちはいかがだったでしょうか。先月は母の日のため、各施設で母の日のイベントも多く行われていたようですね。自分自身も離れて暮らしている両親が元気だからこそ、現在の生活ができることに感謝しています。また、五月の終わりには梅雨入りをし、季節の変わり目ということもありますので、体調管理をしっかりと行っていきたいと思います。
 最後に今年は、広報委員会の副委員長になりましたので、これからもさんぽみちを盛り上げていきたいと思っています。
                                          広報委員会  加藤卓也