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創春館新聞 「さんぽみち」

 さんぽみち10月号

さんぽみち10月号  目次

・明月5周年祭

・感謝祭の報告

・今月の事業所便り

・院長先生の健康豆知識

・吾輩はジータである

・今月の行事予定

・編集l後記

 

台風なんかに負けるなぁ!

明月5周年祭!

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 グループホーム明月は、9月1日に開設5周年を迎えました。この5年の間には入居者様そして職員にもそれぞれ出会いと別れがあり、そうした経験の中で明月独自の成長がみられるようになってきました。今後「明月」が心豊かな歴史を刻めるよう、日々向上心を忘れず、皆様に愛される施設にしていきたいと考えています。グループホーム明月へのご支援ご協力の程よろしくお願いします。

                                                                    グループホーム管理者 平林 徹

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 ディサービス明月では、9月3日に合同で明月感謝祭を予定していました。しかし、台風の接近により苦渋の決断で中止を余儀なくされました。当日は、小規模で日頃利用されている方々のみでのお祭となりましたが、職員が協力し合って準備し余興も食事も楽しい雰囲気の中で美味しく召し上がっていただき、利用者様や職員のパワーで台風も吹き飛んでしまう位、熱く盛り上がりました。今後も様々なイベントで皆様にとって「掛け替えのない明月」と呼ばれるように職員一人一人、力を合わせていきたいです。

                                                                    デイサービス管理者 津久井 巧

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 おかげさまで5歳になりました。地域包括支援センターをはじめ、他居宅介護支援事務所、病院ソーシャルワーカー等よりご紹介をいただき、今日を迎えることができました。厚く御礼申し上げます。地域の方々にも温かく見守っていただき、ご紹介してくださるケースも増えてきました。地域に根差し信頼の輪を広げていけるよう、誠実第一をモットーにより一層努力を重ねてまいります。よろしくお願いいたします。

                                                                     ケアプランセンター 富永 亮一

 

今年も感謝祭は大賑わいでした!

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 先日の10月2日に、毎年恒例の感謝祭が創春館で行なわれました。イベントではレキオさんによるバンド演奏や、感謝祭の前から2度の予選を勝ち抜いてきた選りすぐりのチームによる部署対抗カラオケ大会で盛り上がり、また職員総出の模擬店では次々と完売となり、バザーも大盛況でした。皆様に参加していただいたおかげで、おおいに盛り上がり、無事に幕を閉じることができました。

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 バザーと募金では、皆様の暖かいご協力のおかげを持ちまして、売り上げが6万5200円、募金箱には4412円、合計で6万9612円集りました。こちらは以前お伝えしましたように全額を東日本大震災義援金としまして寄付をさせていただきたいと思います。ご協力ありがとうございました。感謝祭の詳細は来月号にてご報告させていただきたいと思います。

 

今月の事業所便り

星辰の家 納涼祭

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 星辰の家では、9月4日に悪天候ではありましたが、ご家族、ボランティアの方の協力のもと納涼祭を無事終了することができました。毎年、中庭で模擬店を開きご家族様や利用者様をお迎えしてきました。しかし、雨天の為、グループホーム内で開催しました。フロアーの雰囲気もよく、職員の「いらっしゃいませ」の掛け声もさまになっていて盛り上がりを見せていました。上州赤城太鼓のみなさんの演奏には利用者様はじめ参加者全員が感動していました。またひとつ思い出が増えました。

 

あかしあの里Ⅲ 花束とケーキで

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 あかしあの里Ⅲでは、9月11日と20日に、誕生会をおこないました。85歳を迎える入居者の方は、花束とバースディケーキをプレゼントされると嬉しそうに目を細め「ありがとうございます。」と笑顔で応えてくれました。もうひとりの87歳を迎えた方は、花束とバースディケーキを見て感激のあまり、みるみるうちに涙ぐまれてしまい、お祝いの言葉に頷くのが精一杯になってしまわれました。また元気に来年の誕生日を迎えられるよう、お世話してゆきたいと思います。

 

あかしあの里Ⅰ

やっぱりお寿司は別腹??

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 あかしあの里Ⅰでは、9月16日に久しぶりの外食で、「くら寿し」へ行ってきました。「美味しいお寿司が食べたい!」と多数の入居者の方から希望があり、それを叶える企画でした。手が上手に動かず、普段はゆっくりスプーンで召し上がっている方も、自分の手を使ってパクパク召し上がり、8皿もぺろりと食べ、デザートも召し上がっていました。「おなかいっぱいになったよ!」「美味しかったよ!」などと喜びの声が聞こえ、大満足の外食ツアーでした。自分の手で、自分でご飯を食べる美味しさと大切さを感じる事ができ、スタッフも大変勉強になりました。また機会を見て、外食に出かけたり、入居者様の希望を叶えることが出来たらいいなぁと思いました。

 

療養棟3階

作って、歌って

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 療養棟3階ではお彼岸も近いということで、15日に利用者の皆さんとおはぎ作りを行いました。「おはぎを丸めるなんて久しぶりだよ。」「昔はよく作ったんだよ。」などの声が聞かれ、皆さん慣れた手つきで楽しそうに作っていました。なかには作りながら味見をなさっている方もいて、用意したあんこやご飯もあっという間になくなってしまいました。出来上がったおはぎの味は格別で、作った時より短い時間でなくなってしまい、皆さんとても満足されたようでした。

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 そして二22日には、敬老の日にちなんで誕生日&敬老会をおこないました。9月生まれの方を皆さんでお祝いしたあと、この日のために「日輪寺ふれあいコーラス」の皆さんがお見えになり、見事なコーラスを披露してくださいました。利用者の皆さんは歌に聞き入って、手拍子を打ったり一緒に歌ったりと、とても楽しそうでした。日輪寺ふれあいコーラスの皆さん本当にありがとうございました。また素敵な歌声を聞かせてください。

 

春らんらん

いなり寿司作り

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 9月19日春らんらんでは、敬老の日のお祝いを兼ねて、いなり寿司作りを行いました。「いなり寿司なんて作るの久しぶりだよ~」と話されていましたが、皆様、楽しそうに作っていました。出来上がったいなり寿司はおやつに食べ、「とても美味しい~」「最近食べたもので一番美味しい」と好評でした。これからも利用者様が笑顔になれたらいいなぁと思いました。

 

療養棟2階

慣れた手つきでおはぎ作り

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 療養棟2階ではお彼岸ということもあり、9月21日に「おはぎ」を作りました。いつもは疲れてしまうからと、あまりイベントに参加されない利用者様も張り切って参加して下さり、皆さん手馴れた手つきであっという間にきな粉・ごま・あんこの3種類のおはぎを9個作りました。お茶と一緒に召し上がり楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 

クリニック通所リハビリ

男性陣も頑張ってます。

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 クリニック通所リハビリでは、前々回の新聞で男性利用者様の手芸についてご紹介させていただきました。嬉しいことにその後、男性の方の取り組みが増えています。現在4名の方が挑戦しているのが人気作品のパンダとニシキゴイのきめ込みです。フロアに飾られている他の方の作品を見て、仕上がりの良さに同じものを選ぶ方が増えています。また、男性の方はお孫さんへのプレゼントにされる方がほとんどです。お孫さんの喜ぶ顔を思い浮かべつつ、手指のリハビリも兼ねての取り組みを今後も応援していきたいと思います。

 

あかしあの里Ⅱ

紙芝居で敬老会

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 あかしあの里Ⅱでは9月20日に1日遅れて敬老の日のイベントを行い、紙芝居を見ていただきました。今年は3月11日に東北で大きな震災があり、紙芝居を選びに行った時に関東大震災の紙芝居を見つけ当日皆さんに聞いて頂きました。「関東大震災は知っている」「私はまだ4歳だったね」等、話され興味深く見て頂けました。紙芝居は2つ行い昔を思い出しながら聞いて頂けたと思います。「また、楽しみにしているよ」との声も聞かれ、機会を設ける事を約束し、終了しました。今後も入居者方に楽しんで頂ける行事を提供していきたいと思います。

 

デイサービスゆめさき 

ご長寿番付発表!

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 デイサービスゆめさきでは、19日に敬老会を行いました。ゆめさき長寿番付表を新しく作成し、当日その発表を行い、横綱、大関、関脇の長寿者を発表し表彰しました。その後は、職員が横綱に変身し、利用者様の代わりに相撲をとり、みなさんで盛り上がりました。職員の横綱姿にお腹を抱え、大笑いしている利用者様までいて、たくさん笑った1日となりました。

 

明月 

祝いのお赤飯

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 明月では、9月19日、敬老の日にちなんだ昼食を召し上がっていただこうと「お赤飯」を作ったところ、利用者の方々から「モチモチしていて、美味しいよ。」と満面の笑顔が見られました。今日まで元気で過ごされ、また今後も元気でいて下さるようにと、賞状を譲与し、ほのぼのした明月でした。

 

ケアセンター朱咲

第2回朱咲まつり開催!

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 ケアセンター朱咲では9月11日に第2回朱咲祭りを開催いたしました。台風の影響も心配されましたが、幸いにも天候に恵まれ暑くもなく寒くも無いとても良い日と成りました。今年は午後の開催でしたのでサイドメニューを中心にデザートやソフトドリンク、ビール(ノンアルコールですが)も用意いたしました。又、外の施設の方々も大勢遊びに来て頂き、ホールに入りきれない程の大盛況となりました。中には泣いて喜んで下さった利用者様もいらして職員ももらい泣きしそうでした。短い準備期間でしたが、大いに盛り上がって楽しい1日となりました。

 

GHしらさぎ

誕生日会

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 27日、しらさぎでは誕生日会をかねた外食会に出かけました。久しぶりの外出に皆さん大変喜ばれた様子で、いつもより食事量も多く、満足されたようでした。帰りは利根川回りで前橋市内をドライブしながら戻りました。3時のおやつに、誕生日を迎えた利用者様に人形のプレゼントをしたところ大変喜ばれ、人形に笑顔で話しかけ、頭を撫でていらっしゃいました。これからも皆さんに喜んでいただけるよう心掛けたいと思います。

 

デイサービスわきあいあい

みんなでクリームあんみつ

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 わきあいあいでは27日にお誕生日会を兼ねて、とんでんへ甘味を食べに行きました。席に着き、皆でクリームあんみつを注文しました。待っている間にメニューを見て「お寿司も美味しそうだね」「おせちの注文をもうしているね」等、お話をしているとあんみつが運ばれてきて、その大きさに利用者様はびっくり!!「こんなに食べれない」と驚いていましたが、皆さんぺロリと完食されていました。その後、お誕生日者の方に色紙とアルバムをプレゼントし、皆で「ハッピーバースデー」を歌いお祝いしました。想い出深い一時を過ごすことが出来ました。

 

涼風の家

大正琴で敬老会

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 9月23日敬老の日と言う事で、涼風の家では、琴和会による大正琴の慰問が行われました。懐かしの「高校3年生」や「古城」など全9曲を演奏して下さり、一緒に歌いました。最後の「ふるさと」では昔を思い出され、涙を流している利用者様もいらっしゃいました。今後も入居者の方々が元気で暮らせますよう、地域交流をしていきたいと思います。

 

創春館通所リハビリ

老健作品展に行ってきました。

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 9月7日~9日と3日間で老健作品展が開催されました。「感じる作品 動かすココロ 老いても 健やか」をテーマに群馬県庁の県民ホールで催されました。群馬県北中毛ブロックとして27施設の作品が展示されました。入り口では、創春館の利用者様と完成させた「ねこバス」が歓迎してくれました。それぞれの施設の個性溢れる作品が展示され、訪れた利用者様の笑顔をたくさん拝見することができました。時間が過ぎるのを忘れ、作品の見学に没頭しました。

 当館からの出品は、習字・レザークラフト・粘土細工・カイワレカー・ちぎり絵・ふわふわ絵・ペーパークラフト・ピーナツ人形など1年間の作品の成果がそこにありました。写真撮影の際には、ご自分で作られた作品を手に満面の笑みでした。ほんの少しの発想で、とても面白い物ができる感動。みんなで作りあげたという達成感。県庁で飾られる事を大変喜んでくださる方もおり、来年の作品展に向け職員も利用者様も、また新しい第一歩を踏み出しました。

 

院長先生の健康豆知識

「便潜血と直腸指診」

 前回この欄で便秘について書きました。それは主に便秘の原因として大腸の動き方の異常をとり上げ、それに対する対処法について述べたものでした。しかし、便秘の原因として忘れてならないのはやはり大腸癌です。食事の欧米化と共に育ってきた私達戦後生まれの老人は、胃癌よりも大腸癌の心配をしなくてはとも考えています。便秘気味もしくはお腹の調子が変だというような症状があれば、胃癌もしくは大腸癌をまず第一に疑って下さい。内視鏡は苦手だという人は、いきなり内視鏡の検査をする必要はありません。

 便の潜血反応をチェックして下さい。小学校の頃苦労してマッチ箱に便を入れ学校に提出した事は忘れて下さい。便に棒を差し込み、その棒を小さな容器に保存し、2日続けてとった2個の容器を持ってくるだけでいいのです。

 口から肛門に至る消化管の内側で、癌やポリープにより出血すると便の中に血液が混ざる事になります。大量の出血の場合、タールのようなまっ黒の便や赤紫色の便によりどこかで出血したと分かりますが、ジワジワと少しの出血が続いている場合、便を目で見ても出血しているかどうか分かりません。

しかし、現在の便潜血反応では、ほんの少量の出血でも、赤血球のヘモグロビンを探知する事により分かるようになりました。昔のように食事中の鉄分に反応するような事もありません。5年前私の姉が大腸癌になりました。遠く離れている為、そんなに頻繁に連絡をとり合う訳でもないので、いきなり、私、大腸癌なの、と言われた時にはびっくりしました。後から聞くと、お腹が張る感じがしたので近所の医者へ行ったら、お腹のMRIをとって異常ないって言うから、食欲もあるし様子をみていたら、やはり張る感じがひどくなった気がしたので、別の医者へ行ったら、内視鏡で癌が見つかったと言うのです。便の潜血反応はやったのと聞くと、両方の医療機関とも一度もやった事がないと言うのです。大腸の専門家に聞きましたら、専門以外の先生は結構便潜血検査はしないものだというので、納得したような何とも割り切れない思いがしました。

 先程も言いましたが、便の潜血反応は年をとってお腹が変な調子になったら、すぐにでもやる検査です。患者さんで便の潜血を調べたら陽性が出て、大腸の専門医院に紹介した事がありました。大腸ポリープがあり、そこからの出血で、処置しておきましたの返事に、これで一安心ですねと喜んだのですが、念の為半年後潜血を調べたところ、またも陽性が出たのです。再びそこに紹介したら見逃していた初期の癌がありました。内視鏡的に処置できる程のものだったのですが、これなどは、病変の探索には内視鏡よりも便潜血の方が信頼できることもあるという例かも知れません。大抵の大腸癌の場合、進行するまでは無症状です。その為内視鏡を嫌がる人の場合、相当の症状が出る迄放置している事が多いのですが、便潜血なら簡単です。めんどうくさがらずやってみましょう。そして一度でも陽性が出たら、その時はあらゆる逡巡をうち捨てて、内視鏡検査に突き進むのです。

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 また痔かなと思う出血があったら、医者に肛門の検査を申し出て下さい。肛門から指を入れて、肛門や直腸の状態を探る検査も簡単で有益な検査です。しかし、必要だと思っていても、患者さんから恥ずかしいから嫌だと言われるとそれ以上無理強いするのは困難となります。

 20数年も昔医者になりたての頃、アルバイトで健診をやった事があります。50歳位の女性の直腸指診だったのですが、横に看護婦さんを立たせ、お尻だけを露出し、なるべく肛門部を見ないように、指を入れようとしたら、抵抗もなくヌメッとした感触と、女性の「あっ」という小さな声に、間違ったとあわてて指をひっこめた事がありました。未熟な上に、気を遣いすぎての失敗で、その方もニコッと笑ってくれたので救われましたが、横に看護婦さんが居なければ大問題ですね。横に必ず看護婦さんが必要な検査です。便潜血と直腸指診いずれもすぐにできる簡単な検査です。簡単でありながら口から肛門に至る消化管の癌の早期発見が可能なのですから、これ位はめんどうくさがらずにやって欲しいのです。

 自分の身を守るのは自分で、医者はパートナーとして利用する、そんな覚悟が健康で長生きの秘訣でもあります。

 

我輩はジータである  そしてまた貴方に恋している   東郷 彦四郎

    第九章 「リンさん看護助手になる」          

 リンさんがある重大な決意を固めたのは、真一からの手紙が途絶えて3ヶ月程経った頃の事じゃった。手紙を書こうにもどこに居るやも分からず、何とも言いようのない不安を感じていたある日、同じ新潟から来ていた中島いずみさん(21歳、高い声が鳥がさえずるように心地よく耳に響くやさしい女性じゃ)が工場を辞めて、病院勤めをするというのを聞いたのじゃ。「インドシナの方へ行ったお兄さんと連絡が取れず、もしや傷を負って戻ってきて病院に入院してるかも知れないし、入院してきたら会えるかも知れないから。」咄嗟にリンさんは真一もそうかも知れないと感じたんじゃ。リンさんもいずみさんが行く事になっていた小田原の病院に看護助手として応募した。1944年、18歳の秋の事じゃった。

 「おじさん、おばさん、沢山の兵隊さん達が、傷ついて帰ってきています。そんな姿を見ると、私、何とかして兵隊さん達のお役に立ちたいと思ったの。何かこうして暖かい家にいて、ごはんを食べられるのが申し訳なくて。」「うちに遠慮しているのなら、そんな心配は無用だよ。工場で働いているんだって立派なご奉公じゃないか。それにそんな大きな陸軍病院で何の資格もないリンを働かせてくれるのかい」「実は昨日、入職証明書が届いたの。住むところは寄宿舎があるそうですから大丈夫です。」リンさんは、勿論、真一の事は言わなかった。おじさん夫婦は、リンさんのきっぱりとした、何でも自分で考え、行動する性格をよく知っていた。それに、当時陸軍病院に勤める事は、世間でも立派なご奉公として認められていたので許したんじゃ。

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 「お正月の箱根駅伝で、小田原中継所が映るといつもあの病院の事を思い出します。病院はあの中継所からすぐのところにあってね、みんなで箱根の山道を走らされた事もあったわ。病院は鉄筋3階の立派な建物で、兵隊さんなど2、3百人が入院してたかしら。一緒に看護助手として入った人が、10人位いてね、年齢も様々でね。大阪や名古屋から来ていた人もいたわ。そこは、戦地で傷ついた兵隊さん達が送られてくる病院でね。多分彼女達みんな、私と同じように、戦地に行った夫や恋人に会えるかも知れないと思って来ていたのね。」

 ナイチンゲールという女性を知っているかい?クリミア戦争で傷ついた兵士を看病し、看護婦という職業をつくった偉大なる女性じゃ。そこの病院の婦長山中文江はナイチンゲールを尊敬し、目標にしていた、眼鏡をかけた40代のほっそりと長身の女性じゃ。厳しい人じゃったが、驚くと「ヒャーッ」という色っぽい高い声を出すので、その声を聞こうと軍医さんによくからかわれていたんじゃ。看護婦さんには戴帽式という儀式がある。ナースキャップを貰う時、暗闇の中で手に手にろうそくを持って行われる式じゃ。

 あれは、ナイチンゲールが戦争中の病院で、毎晩真っ暗な病室を、小さなランプを手に傷ついた兵士達をなぐさめる為、見まわっていた。その精神を受け継ぐ為の式じゃ。山中婦長は、実際に看護婦と助手が手に懐中電灯を持って2人1組となって、夜の病院を見まわるよう命令した。「当番制でやるんですが、当番に当たった日はつらかったですよ。何せ昼間の仕事が終わった後、夜9時過ぎからナイチンゲールの実践をやるんですからね。ナイチンゲールがうらめしかったです。昼間はどんな事をやっていたかですって?下の世話、傷の処置や包帯の交換などが中心だったかしら。看護婦さんと同じような事をやっていました。点滴などもやっていましたね。何せ点滴が多くて、多くて、看護婦さんだけでは手がまわらない事もあったんです。それこそ見よう見真似でやりましたよ。思い出に残る話ですって?腕や手足を失くした兵隊さんも多く、つらい事ばかりでほとんど覚えてないの。人間の記憶って、ありがたいもので年を取れば取る程つらい記憶って消えていくのね。でもあの患者さんの事はよく覚えているわ。

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 あの方は確か松下圭といって22、3歳位だったかしら。色白でぽっちゃりして、優しそうなつぶらな瞳を見ると、とても銃を持って戦う姿が想像できない位だったの。名前を覚えてるってすごい?戦後松下電器の文字を見るたびに思い出していたの。年齢が近い事もあり、話しやすかったのね。実は圭さんは中国で爆弾にやられ両足を失くしていたの。膝上に開いた傷口がなかなか治らず、ジュクジュクと液が包帯にしみ込んで、毎日取り換えなければならなかったの。ある日いずみさんのお兄さんの話が出た時、いずみさんが『ガスが噴き出ていて、緑の少ない島ってどの辺の事でしょうね』とベッドに寝ている兵隊さん達に聞いてくれたの。インドネシアとかフィリピンとか色々言った後、ぽつりとある兵隊さんが『それはやっぱり硫黄島じゃないかな。インドネシアとかフィリピンだと、ジャングルや原住民の話が出てくると思うんだ。俺はスマトラへ行ったんだが、珍しい原住民の写真を送った事があるよ。硫黄島だと帰ってくるのは難しいなあ。』とため息をついたの。もうガクガクと膝がくずれるように力がなくなっているのが分かりました。目もうつろだったのでしょうね。その日の夜がナイチンゲールの当番でした。圭さんのベッドの側を通りかかった時、『リンさん』とかすかな声で呼び止められました。『リンさんの恋人は硫黄島かい?大丈夫、無事で帰ってくるから』と言って、くるりと背を向けました。昼間の私の姿をじっと見ていたんでしょうね。嬉しさがこみ上げてきました。圭さんについてはこんな事もありました。ある日の午後、大阪から来ていた助手の柴崎敏子さん(28歳、ご主人がバリ島の現住民に写真を見せたら、とても美人だと言われ、バリ島では私もてるのよ、と自慢している。)が婦長さんに『婦長さん、圭さん変な事言うねん。無い足が痛むってどういうことなんやろね。』『本当にあるように感じるらしいわね。私は沢山そういう兵隊さん達を見てきましたよ。嘘を言っている訳ではありませんから、ただよくきいてあげて下さい。』

 圭さんには、いかにも人の良さそうなお父さんと、上品な感じのお母さんが時々来て差し入れなどしていました。許嫁だった20代前半の女性も時々来ていました。一途な思いが全身から伝わる通リハの小林京子さんみたいでしょうか。ある日の事、その女性が伏し目がちに目をまっ赤にして、黙って看護室を通りすぎた日がありました。いつもは失礼しますと声をかけて帰られるので、不思議な感じでした。その日のナイチンゲールの夜の事です。圭さんのベッド近くに来た時、ベッドのふとんがこんもりと山となり、その中からうめき声とも、痛みの声とも違う変な音が聞こえてきました。すぐ手前で立ち止まり、耳を澄ませていたら、それが圭さんの泣き声だと分かりました。おえつという字は鳥が泣く位大きな声を出して泣きたいのを必死でおさえる、そんな字なんですね。あの時男の人の嗚咽(おえつ)というのを初めて聞きました。泣く事が許されない男の泣き声というのは、本当に物哀しく、いたたまれない気持になりました。逃げるように圭さんの病室を抜け出し、こちらは訳も分からないのに、何故か無性にかなしくて、廊下をボーッと歩いていました。別の病室を終った看護婦の田中丈子さん(25歳、色白でふっくらして色気たっぷりの女性じゃ)が、『リンさんどうしたの』と声をかけてくれましたが、何もこたえられず、あかりのついた看護室に戻ったのです。

 両足を失くしたのだから当然ですが、気が沈みがちだった圭さんは、その頃からめっきり口数の少ない別人になりました。『圭さんどうしたんですか』と包帯交換の時話しかけても、以前だったら差し入れの食べ物の話なんかしてくれたのに、『何でもありません』とこたえるばかりです。許嫁の女性もあの日以来、来なくなりました。数日して、女性からの手紙を圭さんのもとへ持って行きました。差し出し人の名前を見るなり、『リンさん、破いてゴミ箱に捨てて下さい』『中も見ずに捨てるのですか?』『いいから私の目の届かない所で破って捨てて下さい』と言うのです。分かりましたと言いましたが、自分ではどうすればいいのか分からないので、婦長さんの所へ持って行きました。ちょうど昼と夜の交替する時間で、10人近くの看護婦や助手さん達が看護室にいました。婦長さんが、『どうせ破って捨てた筈のものですから私達のものです。中を見てみましょう』と言って読み始めました。『両足を失くしたあなたが、男として私を食べさせる自信がないから別れてくれ。そう決心したという話、どうしてあなたが生きていてくれるだけで嬉しいという私の気持が分かってくれないの。あなたが勝手に私の両親に別れますという手紙を出したのを両親から聞きました。正直、両親はあなたの言う事ももっともだと悩んでいました。私にどうすると聞いてきました。私はたとえ両足がなくて苦労してもあなたと添い遂げますと話しました。どうかお願いです。分かって下さい』婦長さんが読みすすむにつれて、聞いている看護婦や助手の人達の泣き声が合唱のように広がっていきました。婦長さんも最後は涙声でした。でも、読み終るときっぱりとした表情で、顔をきりりと上げ、涙をぬぐい『リンさん、いずみさん、2人して、圭さんをこちらへ連れてきて下さい』と怒ったように指示しました。突然、ずらりと10人近く並んだ女性の前に、車椅子で連れてこられたものですから、圭さんは少しオドオドしていました。

 「圭さん申し訳ありませんが、七尾由美さんからの手紙、読ませていただきました。お見舞いの度にこちらにも寄っていただき、『いつもどんな具合ですか。宜しくお願いします。』と言われている方ですから、私達にとっても全くの他人という訳ではありません。そんな大事な方の手紙を見もせずに破って捨てるなんてのはできませんから読みました。全員で読みました。申し訳ありません。見てください、みんな泣いています。こんなに国にご奉公してきたあなたが、もうご奉公ができないから、由美さんを養えないから、なんて言うのは悲しすぎます。国にとっては役に立たない身体になったかも知れませんが、由美さんにとってはいとおしい身体です。あなたが帰ってきてくれただけで嬉しいのです。どうかここに並んだみんなの顔をよく見て下さい。どんなにか愛する夫や恋人を待っている事でしょう。愛する人の身体を抱きしめる事ができたら、どんな身体になっていてもいいから帰ってきて欲しいと、望みを抱いてこうして働いているのです。圭さん、由美さんの気持、受けとめてあげて下さい。お願いします。」と深々とお辞儀しました。その時誰かが合図したわけでもないのに全員が大きな声で「お願いします」と声をふりしぼりました。日頃はっきりと物言わぬ女性達の圧倒するような迫力に圭さんも衝撃を受けたようでした。当時は女性も必死になってそれぞれ戦っていたんです。」

 後年リンさんが診察室で話していた回想じゃ。日本本土が空襲にさらされ、東京大空襲があったのは、そんな圭さんの出来事があった日から約2ヶ月後の1945年、3月の事じゃった。長い戦争も終ろうとしていた、新しい時代の始まりの話は次回の事としよう。ジータが運動会の応援に行き、みんなで弁当を広げ、大騒ぎした日の事を覚えているかい?ジータはいつも君達を見つめているよ。

 

今月の行事予定

☆DSゆめさき☆

3日、5日  おやつ作り

4日     久保信行ショー

6日     ブッチーライブ

10日    ゆめさき運動会

13日、14日 外食ツアー

18日    富士見だんべえ会

19日    フラサークル・リノ

20日    披露宴イベント

22日    お誕生日会

25日    避難訓練

27日、28日 映画上映会

29日    絃の会

 

☆あかしあの里Ⅰ☆

中旬 おやつ作り

28日 外食ツアー

   お誕生日会

 

☆療養棟三階☆

 6日 運動会

13日 買い物ツアー

20日 お誕生日会

27日 おやつ作り(茶巾しぼり)

 

☆春らんらん☆

 7日 三味線、民謡、踊り

毎週日曜日には、おやつ作り

 

☆通所リハビリ☆

4日 水野先生のハーモニカ教室

11日 運動会

13、14日 お誕生日会

 

☆星辰の家☆

 2日 誕生日会

21日 運動会

25日 お誕生日会

 

☆涼風の家☆

 1日 子ども園運動会見学

 6日 倉渕中学校文化祭見学

15日 水沼獅子舞見学

 

☆朱咲の家☆

11日 お誕生日会

未定 運動会

未定 外食レク

 

☆あかしあの里Ⅲ☆

10日 運動会

25日 手作りおやつ

日程未定   外食

 

☆GHゆめさき☆

 14日、外食ツアー

 30日、運動会並び家族会

 

☆明月☆

DS・GH合同 ハロウィンパーティー

      秋刀魚大会

      運動会

DS     GH

誕生会   榛名湖外食ドライブ

ドライブ  お誕生日会

      ドライブ

 

☆わきあいあい☆

11日 ピザ作り

19日~21日 運動会

27日~28日 芋煮会

 

☆あかしあの里Ⅱ☆

 2日 感謝祭 

 9日 十三夜 

23、29日 お誕生日会

未定 おやつ作り

 

☆GHしらさぎ☆

 2日 感謝祭

13日 おやつ作り

14日 秋の運動会

 

☆療養棟二階☆

12日 運動会

13日 買い物ツアー

19日 お誕生日会

 

編集後記

 10月号のさんぽみちはどうでしたか?各部署とも敬老会が多く開かれ、楽しく過ごされたようです。
さて、個人的なことになりますが体力づくりの一環としてここ2ヶ月程、自転車で通勤しています。軽い運動は病気の防止やダイエット、また老化防止にも効果があるようです。お陰様でスリムに格好よくなり、女性にモテモテです。失礼、言い過ぎでした。みなさまも軽い運動を始めてみては如何でしょうか。来月号のさんぽみちも宜しくお願い致します。

                                                                   広報委員 療養棟2階 淡嶋 雅俊