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創春館新聞 「さんぽみち」

 さんぽみち4月号

さんぽみち 4月号もくじ

・みんなで作ったゆめさき体操!

・事業所便り

・吾輩はジータである

・院長先生の健康豆知識

・今月の行事予定

・療養棟に桜が満開

・文芸作品

・編集後記

 

皆で楽しく健康に!!

 みんなで作ったゆめさき体操。

デイサービスゆめさき ゆめさき体操⑤.JPG

デイサービスゆめさき ゆめさき体操④.JPG

 デイサービスゆめさきでは、健康増進のため、利用者の皆様が喜んで参加して頂けるような、独自の歌と体操を作りました。昨年の職員会議で、利用者様が何を望み、何ができるのかと話し合う中で、ゆめさき独自の何かを、利用者様と一緒にみんなで作ろうという事になり、オリジナルの歌と体操を作る事になりました。

 歌については、詩を利用者様方にお願いし、普段ゆめさきで行っている事や感じている事、利用者様同士を思いあったりしている等の内容を詩に書いて頂き、それらを繋ぎ合わせて完成させました。中々良い詩ができ上がりました。

 その詩に職員が曲を作り、歌が完成しました。体操は創春館に勤務のリハビリ専門の職員に振り付けを頼み完成しました。

 最初は歌を唄ってもあまり反応がありませんでしたが、お昼の体操時、帰りの挨拶時に歌と体操を行い徐々に皆様へと浸透していき、最近では「とてもいい歌が出来たね、体操も簡単でわかりやすいよね、憶えて家でもやってみるよ」と言って下さる方が多くなりました。最近もゆめさきを利用される方が増えており、「ゆめさきは良い所だよ。違うところに行く予定だったがこちらに来ることになり、来てよかったよ、皆いい他人ばかりでやさしいし楽しいところだよ」と皆様口癖のように話されています。我々も色々な企画を考え皆様に提供していきたいと思います。

 

ゆめさき体操

 作詞 ゆめさき利用者様一同

 作曲 ゆめさき職員

 振付 創春館リハビリ職員

 

①丘に赤城の風が吹く、

 誰が名付けたゆめさきの

 みんないい人おもしろく

 仲良くリハビリ楽しみで

 元気元気ゆめさき

 とても良いとこやめられない

 

②上毛三山声をかけ

 みんなで通うゆめさきの

 笑顔楽しく一日を

 一度と言わずに二度三度

 元気元気ゆめさき

 とても良いとこ夢の場所

 

          今月の事業所便り

  あかしあの里Ⅲ

 目指せ!百歳!!

あかしあの里Ⅲ.jpg

 あかしあの里Ⅲでは、お誕生日会を行いました。今年93歳を迎え当施設の最高齢者の方ですが、お元気さも一番で、何でも一人でこなしてくださいます。みんなからのお祝いの言葉に感激しつつ、「百歳までがんばります。」と力強く答えてくださいました。また来年楽しくお祝いできるように、お世話していきたいと思います。

 

 あかしあの里Ⅰ

 心のこもったチーズケーキ

あかしあの里Ⅰ.JPG

 あかしあの里Ⅰでは、ホワイトデーのおやつ作りをしました。女性入居者からの心を込めた手作りチーズケーキに、皆さん嬉しそうな様子でした。チーズケーキを作った事のない方がほとんどで、最初は戸惑っていたようでしたが、作り始めると今までの経験を活かした手際でとても美味しく作る事が出来ました。また何か美味しいものを自分で作って食べる経験をしていただきたいと思います。

 

 春らんらん

ハート型で作ったクッキーを

春らんらん2.jpg

 春らんらんではホワイトデーということでクッキーを作りました。皆様、熱心にクッキー作りをされ、利用者様の奥様にハート型で作ったクッキーを恥ずかしそうに、プレゼントされていました。奥様も照れくさそうに「ありがとうね~」と喜ばれていました。これからも、皆様が笑顔になれる行事を考えていきたいと思います。

 

 涼風の家

倉渕中学校吹奏楽部の演奏会

平成24年4月涼風の家中学生吹奏楽①.JPG

 涼風の家で倉渕中学校の吹奏楽部の生徒さん達が演奏会を開いて下さいました。昔のなつかしい歌や演歌をトランペットやドラムに合わせて歌い、とても楽しい時間を過ごしました。最後に一緒におやつを食べ、利用者さん達は孫を見ているような優しい表情で生徒さん達とお話をされていました。

 

 あかしあの里Ⅱ

美味しくできた桜餅

あかしあⅡ 桜餅作り.JPG

 あかしあの里Ⅱでは、桜餅作りを実施しました。テーブルにホットプレートを置いて入居者の方々にあんこを丸めてもらったり、生地を焼いてもらい、最後は生地にあんこを包んでもらいました。皆さん楽しそうに作り、食べていただくと、「あんこの甘さがちょうどよくておいしくできたね。」と言っていました。作成中は真剣な表情も見られ、一つ出来上がると笑顔も見られていてとても楽しそうでした。次回も楽しんでいただけるように、イベントを考えて行きたいと思います。

 

 ケアセンター朱咲

ひな祭りのど自慢大会!

H24年4月号ケアセンター朱咲写真③.JPG

 ケアセンター朱咲では、ひな祭りのど自慢大会を行いました。まずはじめに全員でひな祭りの歌を唄い、ひな壇のお内裏様とお雛様がボードから顔を出し、いつもとはちょっと違う澄まし顔で写真を撮りました。凛々しいお内裏様と綺麗なお雛様が何組も出来ました。そのあといよいよのど自慢大会の始まりです。皆さん大きな声で感情を込めて歌います。うたの上手な方が多数いらっしゃるのには職員もびっくり!飛び入りもあり、朱咲特製のひな祭りパフェと甘酒で喉を潤し、談笑をしながら楽しい一時を過ごしました。

 

 創春館通所リハビリ

おやき作りに思いをこめて

創春館通リハ24.4②.JPG

  ひなまつり、本来ならばひなあられやケーキ作りのところ、通所リハビリではホットケーキ・おやき作りをしました。ふっくら甘いホットケーキには春への期待を、おやきには「春よ来い来い」の思いを込めて、ふきのとうを入れました。慣れない手つきで粉をこねる職員に、昔とった杵柄、女性利用者様から身をのり出してのアドバイスと声援がおくられます。館内いっぱいにいい香りがして、いよいよホットケーキとおやきの出来上がり。「うまい!!」と幸せそうにほおばって下さる利用者様の笑顔にスタッフ一同大満足。「もう少し食べたいよ~」というご要望のある中、通所リハビリでのおやつ作りは終了となりました。

創春館通リハ24.4①.JPGのサムネール画像

 2月から3月にかけて新潟産業大学の留学生2名、リ・ギョウトクさん(中国出身)とエリダン・チチゲさん(モンゴル出身)がアルバイトに来て下さいました。慣れない土地でのアルバイトはとても大変なこと、来館された直後の数日間はとまどうことばかりのご様子でした。利用者様のあたたかい応援もあって、一週間もすると日本語を上手に使い、本領発揮されるようになりました。レクリエーションの時間に『中国語とモンゴル語の講座』を開いていただいたこともあります。短い期間ではありますが、楽しい時間をありがとうございました。李さんはすでに中国に戻られました。エリダンさんは新潟での大学生活に戻られます。夢に向って前進です。お疲れ様でした。お元気で!!

 

 GHゆめさき

カラオケ&梅林ドライブ

GHゆめさき 4月号③.JPG

 ドライブとカラオケを楽しむため、久しぶりに外出しました。入居者様のメンバーが入れ替わり、一番新しい方は入居されてからまだ5日目でした。入居者様に手作り弁当を袋に詰め込んで頂き車に乗り込みました。自立の方が多く車椅子は2台となり、乗り降りが「え~?」と思うほどスムーズでした。坂東の湯の近くにある梅林の花見をして記念写真をパチリ!国体道路を通り荒牧町のまねきねこ(カラオケボックス)へ行きました。入居者様の中で不穏になる方がいないか不安もありましたが、心配をよそに、まるで地区の老人会の集まりの様にわきあいあいと元気いっぱいカラオケを楽しまれていました。他の来店客の方から「施設でカラオケに来るのは見た事が無い、すごいですね。ご苦労様です。」と声をかけて頂き嬉しく思いました。これからの春を充分に味わうべく沢山外へ出たいと思います。

 

 療養棟三階

いくつになっても女の子です

3階ひな祭り④.jpg

 療養棟三階では「ひな祭り」を行いました。この日のために事前に作っておいた折り紙のひな人形や、職員が自宅から持ってきてくれた本物のひな人形を飾り、人形と一緒に記念写真を撮ったり、甘酒、三色ゼリーを召し上がっていただきながら、「ひな祭り」を楽しんでいただきました。「立派な人形だね。」「私も昔持っていたんだよ。」と若いころの思い出に浸っているようでした。また、なかには甘酒を飲んで「酔っちゃったみたい。」(甘酒で??)という声も聞かれました。皆さん女の子に戻って、「ひな祭り」を楽しんでいただいたようでした。

 

 療養棟二階

皆さんこだわりがあるようです

2階うどん3.jpg

 療養棟二階では、うどん作りを行ないました。粉と水を混ぜ、生地を作るところから始まり、皆さん真剣に取り組んでくださいました。こねる・のばす・切る作業を行い、皆さんそれぞれ作り方にこだわりがあるようで、お互いにコツを教えあったり、協力しあって作っていました。皆さん昔はよく作っていたようで手際がよく、職員の作り方にダメだしされる場面も多々ありました!できあがったうどんは夕食に美味しくいただきました。またこのように皆様に楽しんでいただける催しを行なっていきたいと思います。

 

 クリニック通所リハビリ

  今度の作品はお雛様。

クリニック通所H24.4月号.JPG

 クリニック通所リハビリでは、ひな祭りにむけ、手指のリハビリも兼ねてお花紙を使った“おひな様”作りをしました。利用者様が左手や少し動かしづらい手を使いながら、ひとつひとつ丁寧に何百個も丸め、おひな様の形になるように貼り合わせていくと、とても可愛いらしい“おひな様”ができました。一枚のお花紙から、皆様の手と情熱を加えることによって、こんなに素晴らしい作品になることをあらためて感じることができました。次の作品作りへの意欲にも繋がったようです。

 

 星辰の家

楽しいゲームで大盛り上がり

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 星辰の家ひなまつり会と、10日で95歳を迎えられる利用者様のお誕生日会を行いました。折紙でもおひなさまや、桃の花を吊しびなとして利用者様がそれぞれ飾り付け、とてもかわいらしく出来上がり、大きな笑顔を見ることが出来ました。その後は、「危機一髪ゲーム」と「ワニにかまれたぁ~」の2つのゲームをしました。人形がナイフにさされた方、ワニにかまれた方は昔ながらの糸引きあめが当たり、なつかしい味を思い出されていました。ゲームはドキドキで大きな歓声があがり、にぎやかに進行、ゲームの話をしながら甘~い甘酒を飲み終了となりました。今回いつもと違ったゲームで、利用者様皆様が参加しやすく楽しめることができ、笑顔いっぱいのひなまつり会となりました。また、誕生会では、利用者様がローソクの火を「ふぅ~」と消されると、皆様より大きな拍手がおこり「ありがとう」と利用者様より言葉があり、和やかな誕生会でした。今後も楽しめる企画を考えていきたいと思います。

 

 明月 

実物おひな祭り!

明月・広報 雛祭①.jpg

 おひな祭りイベントをグループホームとデイサービス合同で開催いたしました。皆様は雛人形にはどんな人形があるかご存知でしょうか?木目込み・座り雛など、色々とある中で、新職員が、それぞれお内裏様とお雛様に扮し、利用者様を三人官女に見立てての写真撮影や、「うれしいひなまつり」の合唱などを行いました。利用者様の一番の笑顔が見られたのは、2人の入場シーンです。お雛様を「お姫様だっこ」したお内裏様が、そのままの姿勢で利用者様一人ひとりに笑顔で挨拶をして回りました。写真撮影のあとは、イベント担当の斉藤さんが大正琴で「さくらさくら」を弾き、その一生懸命さに利用者様の笑いを誘い、大盛り上がりでした。イベントが終わって利用者様の口から「今までで一番楽しいひなまつりだったよ」との声を聞き、来年は今年以上に面白いことを、と思いました。

 

 わきあいあい

花よりおやき!?

わきあいあい.jpg

 「梅は咲いたか、桜はまだかいな」そんな言葉が聞かれる季節になりました。2月の下旬から群馬三大梅林もお祭りが始まり、そろそろ春本番です。わきあいあいでは箕郷町の梅林に梅見見学に出掛けました。

 3月中旬、例年なら満開の梅の花も今年はまだつぼみの状態です。地元の方のお話によると今年は1カ月も遅れているそうです。梅の花の香りを楽しみながら、おやつでふきのとう入りのおやきを食べました。春の訪れを体全体で感じる事ができ、皆さんとても喜ばれていました。

 

 DSゆめさき

今月のおやつ作りは…?!

デイサービスゆめさき おやつ作り事務長と仲良く.JPG

 毎月楽しみにしてくださっているおやつ作り!今月はちょうど事務長が匂いをかぎつけて、やってきたではないですか。作っていたのはプリン。ちょうどカラメルを作っていて、甘い匂いが広がります。型にバターをそれぞれに塗ったり、卵を割ったりと各自ででき、卓上コンロを使い皆様の前で実施したので、話もいろいろでて、楽しく作れました。最後完成し、毒見をするのは事務長です。「美味しい!」というものの、ちょっと甘さが控えめだと話されました。でもその後利用者様からは、甘くて美味しかったよ!と言って頂きました。事務長はやはり体の通り、甘党でしたかぁ?また美味しいおやつを作っていきたいと思います。

 

 しらさぎ

道明寺と手まり寿司

しらさぎ2.JPG

 3月3日はひな祭りの行事を催しました。桃の節句の由来の話をしたり、ひな祭りの歌を歌われたりと懐かしそうに楽しまれていたご様子でした。しらさぎでは道明寺作りをしました。桜の葉の香りが施設中に漂い、早い春が来た様に感じられました。道明寺もきれいな桜色に出来上がりました。また、食事でもかわいい手まり寿司にたいへん喜ばれ、おいしく召し上がられていました。すてきな桃の節句行事となりました。

 

 

 

     吾輩はジータである

        そしてまた貴方に恋している          東郷 彦四郎

    

      第15章 「石川 聖の訪問」

 

 第二次世界大戦後十年が経とうとする頃、昭和と共に生まれたリンさんも30になろうとしていた。当時にあっては、もう充分結婚を考えねばならない年令じゃ。戦後数年は、硫黄島で戦ったに違いない真一の死を受け入れなければという思いと、どこかで生きているのではという思いが交錯し、夜一人になると、訳もなく涙があふれ出すというのもしょっちゅうだった。

 日中は明るく振る舞っているものだから、そんなリンさんの心中を知る人はいなかった。若さは心の傷が癒えるのも早いのか、戦後も5年を過ぎた頃から徐々に、真一が死んでいるのはほぼ確実だという現実が素直に受け入れられるようになり、そろそろ結婚してもいいかと極めて現実的に考えるようになっていた。

 当時の雪国育ちの女性は、雪で散々苦労しているものだから、粘り強く、丈夫で働き者だった。それにリンさんの場合、明るい笑顔で高峰秀子似の可愛い娘というのだから、持ち込まれる縁談話も定期的といっていい程あった。新潟の実家で、散々農業を手伝ってきたリンさんの中では、結婚するなら「もう農家はたくさん」という気持ちだった。そんな折、続けて2つの縁談があった。

 1つは、日頃リンさんが縫った着物をおさめている、前橋市堀越町は「矢代」という呉服屋の息子で、年は32、戦争で傷ついた左足をひきずって歩く癖があったが、金縁の眼鏡とそこからのぞく細い目が、いかにもやさしく裕福な印象を与えた。「私の名前は、一歩一歩確実に前進という事で歩とつけられました。」という言い種がいかにも実直そうで好感がもたれた。 もう一つは、近くの下宿屋のおばさんからのもので、東京から赴任した、群大教育学部の助手とかの先生で、すらりとした二枚目で、つぎはぎの当たったズボンがいかにも貧乏くさく感じられる、リンさんよりいくらか年下の青年だった。縁談話の前からどうした加減でそうなったかよく分からないが、近所にいたせいか時々リンさんの寄宿するおばさんの家に上がり込み、一緒に夕飯を食べる事も時々あった。「田中由といいます。由は理由の由です。何でも母親はお父さんの昔好きだった女性の名前、由子からつけたに違いないと言ってますが、本当かどうか・・・」とぶっきらぼうに話すのが、特徴だった。矢代さんと結婚すればお金には不自由しないが、何かと家族関係が面倒そうだし、田中さんなら気楽だが、多分お金に苦労する。さあどっちだ、いっそくじ引きでもして決めてしまおうか。とそんな風に考えているときだった。

 山口の真一の友人、石川聖が前橋にまで訪ねてきたのである。玄関をガラリと開け「こんにちは」との男の声に、おばさんの千春さんが、「はーい」と顔を出すと、そこに、がっしりした豆タンクのような男が、山高帽とまではいかないが、背を高く見せる為だろうか。

 カウボーイハットを小さくしたような帽子を被り立っていた。「こちらに山本リンさんという方はいますか?」との突然の切り出しに、「はい、いますが」と思わず答えてしまう千春。「ああよかった。やっと見つかりました。」といかにも安堵したかのような大きな声で、人なつっこい笑顔を千春に向ける。

「御用件は何でしょう」といぶかしげに千春。一瞬の間をおいて、はっとしたように「いや、あの、彼女の友達から預り物がありまして、届けて欲しいとの事で参りました。」ととまどうようにこたえる石川。「それはそれは御苦労様です。リン」と奥の方へ呼びかける千春。しばらくして、ニコニコした笑顔で奥から出てくるリン。まじまじと石川の姿を見つめる。

 「リンさんですか。私は山田の友人で石川といいます。山口から来ました。預り物があるのですが、ちょっと外へ出て話をしてくれますか?」リンさんの顔に緊張が走る。もう千春おばさんの存在は消えていた。急いで靴を履き、石川の後を追うように家を出るリン。しばらくして桃の木川沿いの道に出た。「突然の事で驚きでしょう。もう想像がついているかも知れませんが、真一からの預り物です。最初に確認しておきたい事があるのですが、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」「はい」と硬直したようにこたえるリン。「リンさんは独身ですか?」「そうです」と静かにこたえるリン。

 「あーあよかった。何とか独身の間に渡せればと思っていたものですから。真一とは小さい頃からの友人で、共に戦地まで行ってきました。もううすうす御存知のように、真一は硫黄島で死にました。いや、死んだに違いないと言った方がいいのかも知れません。私達は山に押し込められ、爆弾が打ち込まれました。私は爆風で意識を失っている間に捕虜となり、真一はその爆弾で死にました。硫黄島に着いてすぐ、私達2人はお互いどちらか生き残る事があれば、親しい人に思いを伝えようと手紙を書き、お互いの軍服に縫いつけ、私の軍服に真一の2通の手紙が残る事となりました。1通は真一の家族への手紙、そしてもう1通はリンさんへの手紙です。

 戦後すぐアメリカから日本へ帰されると同時に、私は前橋へ、リンさんに会いに来ました。しかし、一面焼野原の状態で、リンさんのおじさんの名前も分からない状況では見つけることもかなわず、そのまま山口へ帰りました。

 手紙は真一の御両親に渡しました。御両親は、真一に好きな人がいてどんなにか嬉しいか。いつか必ずリンさんを見つけ出し、その手紙を渡してくれ。それが生き残った君の仕事だ。と中身を開ける事もなく、私へ返しました。その後、みんなそうであったように、私も生きていくのに必死でした。

 亡くなった方の家族の事を考えると、捕虜だったという事もなるべく知られないように生きてきました。何度もあなた宛の手紙を書きましたが、宛て先不明で返ってきました。

 そしてすぐ最近の事です。硫黄島で亡くなった方の調査・照会を行っている硫黄島協会に、米兵が島から持ち帰った日本兵の遺品の照会があり、そこで何と真一の慰問袋が出てきたのです。

 両親が確認したところ確かに真一のもので、そこから、あなたからの手紙と写真、そして一つの鈴が泥まみれの状態で見つかりました。その手紙であなたのおじいさんの名前が分かり、こうしてお会いする事ができたのです。」石川の話を聞きながらリンさんは「ちょっと待って下さい。言葉が耳に入ってきません。

 何を言っているのかよく分かりません。どうしてかあなたの言葉がよく分からないのです。」と心の中で叫んでいた。真一の死、私への手紙、慰問袋、鈴、そうした言葉が断片的にしか耳に入らなかったのです。リンさんは思わず道そばにしゃがんでしまいました。「大丈夫ですか」と駆け寄る石川。

 残雪をいただいた赤城山、ゆったりと流れる桃の木川と田園風景をバックに石川とリン無言でたたずむ。

 

 

 

  院長先生の健康豆知識

                 「天皇陛下の御病気」

 元従軍兵士だった父は、昭和天皇が大好きでした。「天皇というのはすごい人でなあ、閲兵式の時何時間もじっと動かず立っていたよ。」「マッカーサーに会いに行き、国民の為なら我が身はどうなってもいいと言ったんだ。」等、酔っぱらった時、天皇を敬う言葉を何度も聞きました。

その為、私は戦前の軍国少年のようで、小学5年の時、ある若い先生が「お天ちゃん、お天ちゃん」と揶揄する言葉にひどく腹を立て、家に帰るなり「お母ちゃん、先生がお天ちゃんなんて言うてるんやで」と母親に報告し、「バカな先生だね。そんな先生の話聞かんでもええんやで」と2人して興奮していました。戦時中なら多分直ちに、「天皇を呼び捨てにする不敬な輩がいる」と母子で軍部に密告し、刑務所にぶち込むよう仕向けたでしょう。今から振り返ってみれば、父親が、何がしかの戦争責任者でもある昭和天皇を、何故あんなにも賛美していたのか不思議な気がします。シンガポールまで勝ち戦の連続で、そのまま悲惨な負け戦を体験する事なく日本に帰れた父親にとって、戦争は、それ程酷な体験、という訳ではなかったのかも知れません。実際のところ、同じようにして帰ってきた兵庫の戦友のサスペンスもどきの逸話を楽しそうに話していました。その彼は、シンガポール進駐の時、宝石店に押し入り、奪いとった宝石を履いていた靴に上手に隠し、何とか日本に持ち帰り、戦後その宝石を元手に運送業を始め成功したというのです。実際その大泥棒でもある彼に、近くの有名な「灘のけんか祭り」を父親と2人きりで接待して貰ったのを覚えています。大泥棒は人の良さそうなおじさんでした。戦後そんな風にして財を成した人も何人かはいたのでしょうね。父親の影響から我が家では、天皇は大いなる尊敬の的でしたが、お天ちゃんと呼ぶ人もいて、天皇に対する温度差は、地域によって、年代によって、体験によって、様々なのでしょうね。

 昔、沼田で医療講演を頼まれ、枕に昭和天皇の病気をとりあげました。話が下手だったせいもあるでしょうが、自分の想像していたよりも余りにもしらっとした反応に驚いた事があります。後日その話をある人にしたら、関東の人にとって、天皇はもともと京都にいた人なので、それ程興味をひく存在ではないのではないかと言われ、何となく納得した覚えがあります。

 その沼田での話は、天皇は膵臓癌で亡くなられましたが、きっちりとした医療管理がなされている天皇が、老衰以外で命を落とす病気があるとすれば、発見しにくい膵臓癌はそのうちの一つである、というものでした。そして生活習慣病と言われる心筋梗塞や脳梗塞になる事はまずないでしょうと話しました。それが今年2月の平成天皇の狭心症です。狭心症の手術を天皇が受けるというのですから、びっくりしました。狭心症は、きっちりした食事管理と適度の運動、そしてストレスへの対処等があれば、防げる筈の病気です。適切なアドバイスがあれば、テニスが得意の天皇や美智子様は、今でもテニスを楽しんでいられた筈です。

 私達世俗の人間と違って、きっちりした栄養管理や健康指導がなされた筈の天皇が、そういう病気になるという事は、息抜きのテニスもできない程公務の心労があったに違いなく、天皇自らその心労を引き受けたといっても、天皇の健康管理面では、医者と宮内庁の連携が極めて悪かったと言っていいでしょう。誠実なお人柄の天皇は、国民が余計な心配をしないよう、自らの病気については、全て詳細に国民に知らせて下さいと言われているようですが、天皇に好意的な国民の大多数は、昭和天皇の時のレベルの情報で十分満足するのではないでしょうか。それに、循環器の名医と呼ばれる先生方が、マスコミの前面に出て、得々と手術の成果について公表していましたが、壊れた家の修理をこんなにも上手に直しましたと言っていて、壊れない家を作るのが大切だという事に気付いてないような様子でした。心ある循環器の医者であれば、冠動脈の狭窄をもたらした生活指導を反省し、宮内庁に公務の削減等の進言ができなかった無力感を味わうに違いありません。心労が原因とは言え、ひどい言い方をすれば、DMで脳梗塞になった独裁者金正日と同じ結果の病気で、洗練された文明国家の「VIP」がかかってはいけない病気でした。病気を治す事が名医ではなく、病気にかからないように指導するのが名医である、というテーマに向かって動き出さない日本の現代医療と、適切な公務をアレンジできなかった宮内庁が招いた今回の天皇の狭心症でした。昭和と平成の天皇の病気を比較するかぎり、昭和天皇の時には、宮内庁としっかり連携のとれる天皇御用達の主治医がおり、平成天皇には、天皇の身体全てを統一して管理できる主治医がいないと推察するのです。昭和天皇の戦争責任をも我が身に背負い、国民の為に、自分の身は犠牲にしてまでも公務に励まれる天皇の強い意思を感じます。しかし、国民が求めているのは、美智子様の安心した優しい笑顔に包まれた、天皇の健康的な姿であり、その為に十分な息抜きをして下さいと訴えたいのです。

 

 

今月の行事予定

☆あかしあの里Ⅱ☆

6日 明月との交流会

9日 おやつ作り

日時未定 お花見ドライブ

      お寿司バイキング

 

☆GHしらさぎ☆

11日 お花見会

15日 カルタ大会

下旬 手作りおやつ作り

 

☆療養棟二階☆

12日 買い物ツアー

18日 おやつ作り(桜餅)

19日 お花見試写会

25日 お誕生日会

 

☆あかしあの里Ⅰ☆

上旬 お花見ドライブ

下旬 外食ツアー

 

☆明月☆

DS・GH合同 

梅林ドライブ

桜ドライブ

 

  DS         GH

お誕生日会    お誕生日会

お菓子作り    映画鑑賞会

外食会

 

☆春らんらん☆

日程未定 花見

      苺狩り

      お誕生日会

 

☆通所リハビリ☆

3日 水野先生のハーモニカ教室

19日~21日 お誕生日会

     永年通所利用者様のお祝い

27日 湯浅先生のちぎり絵教室

28日 「でんきくん」コンサート

    「ふれあいコーラス」発表会

*お花見ドライブはお花が咲いてか らのお楽しみ

 

☆朱咲の家☆

 6日 お誕生日会

20日 ミックスジュース作り

中旬 花見

下旬 誕生日会

 

☆わきあいあい☆

  6日 たこ焼きパーティ

10日~14日 お花見ドライブ

17日 パンバイキング

23日~28日 芝桜見学ドライブ

 

☆星辰の家☆

 9日~外食&お花見ドライブ

下旬 お誕生日会

 

☆療養棟三階☆

 5日 お茶会

12日 買い物ツアー

19日 おやつ作り(桜餅)

26日 お誕生日会

 

☆あかしあの里Ⅲ☆

15日 手作りおやつ(桜餅)

22日 紙芝居

日程未定 お花見ドライブ

 

☆DSゆめさき☆

 7日 滝さんのカラオケショー

9・10日 昼食お花見

   (月:+ブッチーライブ)

14日 お誕生日会

18日 上映会

19日 久保さんのカラオケショー

21日 寿会慰問

23日~25日 おやつ作り

30日 イベント食

 

☆GHゆめさき☆

 8日 花見(前橋公園&ルナパーク)

21日 華蔵寺外出

29日 お誕生日会

 

☆涼風の家☆

日程未定 花見ドライブ

      おやつ作り

 

 

   療養棟に桜が満開

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  今年は2月、3月の厳しい寒さの影響により、桜の開花が遅れているようです。巷では3月下旬になってもなかなかつぼみも見られなくて、4月上旬にようやく開花の目処がついた日に、療養棟には大きな桜が満開になりました。この桜は療養棟利用者の樺澤ゆき様のご家族様が当館に用意してくださった物です。前橋市内の桜の開花より一足先に創春館内の桜は満開となり、皆でお花見気分を味わいました。お酒やだんごがなくとも、立派な桜があることで、春を満喫することができました。樺澤様本当にありがとうございました。

 

 

文芸作品

摘みとる人 土手にむらがる 

ふきのとう 香りも味も このうえなし                      原田 カズヱ様

 

法連草 二袋蒔きて 安堵せしに 

    去月見しと 変わらずと子が言う

 

美はしき 地球とたたへし この星の

     世界の変化に 異常なるもの                     今井 ミチエ様

 

編集後記

 たくさんの植物が芽吹き、美しい季節です。今月号の記事はいかがでしたか?4月1日より倉渕の涼風の家では、共用型デイサービスを始めました。1日3名と少人数ではありますが、少しでも地域貢献ができるよう開始しました。スタッフ一同、より良いサービスを提供していきたいと考えています。今後ともよろしくお願いします。

                                                                                                                                             涼風の家  冨田 真希